ぼく、ロンです。

お空からの更新(交信)です。






2023年11月『左岸』
2025年5月『真昼なのに昏い部屋』

に続く

ママによる「小説のモデル地巡り第3弾」です。

※前回のブログはそのプロローグです。




『神様のボート』

平成14年7月1日発行 新潮文庫

(作品は平成11年新潮社より刊行)



※上載の「ぼく、ロンです。」の写真は、『左岸』を巡る旅で博多に行った際、偶然お会いした江國先生に書いていただいたもの‼️



神様のボート



母・葉子と娘・草子は

必ず戻ると言って消えた母の恋人を待ち続け

「引越し」を繰り返す。


舞台は

「1997・高萩」

「1999・佐倉」

「2001・逗子」

「2004・東京」

と続く。


その他にも、前橋、天津小湊、高崎、今市、草加、川越、といった地名も出てくる、そのなかで



ママが今回選んだ場所はこちら





「逗子」



その理由は



久木神社の注連縄は、紅花で染めたみたいな淡いサーモンピンクだ。


P. 192より



この久木神社(逗子市)の

注連縄(しめなわ)が見たかったからだそうだ。



ママがあの日歩いた道のりを

小説の言葉に乗せて追っていこうと思う。


※あの日=2025年12月5日



『神様のボート』



逗子駅前はあかるくてにぎやかで、地面のコンクリに埋められた黒いモザイクが、日ざしを反射して光っていた。

P. 212より



(これかな?だとしたらその感性に驚く)




逗子に越してよかったと思うことは海に近いことと野菜の新鮮なことだ。-略- 魚も豊富で値段が安い。きょうは、とてもきれいなピンクのいとよりを買った。

P.184より



(逗子駅前の魚屋「魚左次」さん、私も逗子に住んでいたら通うと思う)




ときどきあのひとのことを考える。たとえば歩道橋の上で。駅のそばに大きな踏切があり、線路が四本通っている。

p.184より









ぼくのママはスマートフォンを見ながら歩くのが苦手だ。

だから旅に出る前に
だいたいの目的地の場所を把握しておき
あとは現地で勘で歩く(そして迷う)。



今回目指す「久木神社」は

「中学校は神社のすぐそばにあり」と
小説にあるので

「スクールゾーン」と書かれた道を進んだそう。





トンネルに「久木隧道」とあるので
方向は合っているはず







すると静寂の中
ほんとうに突然聞こえた、子供たちの声!


そちらを見ると

そこが「久木神社」だった!



久木神社の注連縄は、紅花で染めたみたいな淡いサーモンピンクだ。




(写真は園児さんたちが帰った後)




(iPhone15Proで撮影、うーんサーモンピンク⁉️、でも小説の発表が1999年であることを思えば)







(銀杏の落ち葉拾いをしていた園児さんたちの帽子が色とりどりで可愛く、久木神社の由来が頭に入ってこなかった)




鳥居をくぐって石段をのぼると、奥にはすぐお稲荷さんがあり、赤いのぼりがずらりとならんで立っている。


P. 192より














いったん逗子駅に戻り

次にママは逗子海岸に向かったそうです。



逗子海岸の砂は砂場色をしている。砂場色というのは濃いグレイ。重そうな感じ。

P.164より



(海無し県である埼玉育ちなので、海を見るとテンションが上がります、砂はあまり気にならなかった)








ここから
ママは海沿いを歩いて
鎌倉に向かう予定でしたが

そのお話はまた。





ママの「小説のモデル地巡りの旅」※江國香織限定

次はどこに行くんだろう。


「カエルの中庭(サンタマリア・デッレ・グラツィエ教会)
『冷静と情熱のあいだ』

「リュクサンブール公園の近くで、パン屋さんの近く(パリ)
『左岸』

「恰好いい桟橋の残骸があってね(ブライトン)
『シェニール織とか黄肉のメロンとか』


読むたびに
「行ってみたい、見てみたい、確かめたい」
と思っていた、たくさんの場所。


海外へでもどこへでも
今ならぼくも

風に乗って一緒に行けるのに。

それなのに。


ママはずっとおうちにいて
ぼんやり外を眺めている。









ママが『左岸』を巡る旅を終え(一泊)
博多から帰ってきた夜

「ロンくんとても怒っていたなぁ」と




(2023年11月22日撮影)

(便秘だったしママは帰ってこないし)





泣き笑いで思い出してる。