梅雨の晴れ間に洗濯物を干しながらふと空を見上げると、上空を鳥の群れが通過した。「ああ、私もあの鳥のように自由に大空を駆け巡りたい」とか、尾崎豊の歌詞みたいな陳腐な考えが頭に浮かぶも、いやいや待て待て、私みたいなニートの怠け者が人間以外に産まれたら、生まれたその日に死んでしまうぞ、人間に生まれたからこそこの程度で済んでいるのだ、とすぐに考えを訂正した。
よくよく考えてみれば、この時代のこの国に産まれたって、けっこうラッキーなんだと思う。戦争してるわけじゃないし、豊かなニッポンではよっぽどじゃないと食いっぱぐれない。細かい労働問題とか貧困問題とかはあるけど、後ろから鉄砲の玉が飛んでくるわけじゃないし、米軍に空爆だってされていない。シーア派とかスンニ派とかのおっかない派閥があるわけじゃないし、せいぜい「きのこの山派」と「たけのこの里派」の小競り合いがコンビニで繰り広げられているくらいのもんである。
餓死したって話だってあんまり聞かない。餓死がたまにニュースになっているのはそれだけ珍しいからであって、天保の飢饉の時代になんかに生まれてたら、餓死はトレンディーな死に方であったであろうから、近所の奥様方が「ねぇ、ちょっと聞いてよ奥さん!三丁目の田中さんの旦那さん餓死したんですってよ?」「あら、やあねぇ、最近多いわねぇ」っていうくらいの井戸端会議レベルで餓死を語るであろう。従ってテレビや新聞に田中さんが餓死しました、なんていうニュースが報じられることはない。しかし現代ではニュースになるので、それだけ田中の餓死は珍しいということである(←なんかもう田中死んだことになってる)。
しかし、アクセサリー販売とかデザイン関係の仕事っていうのは、つくづく平和な社会でしか役に立たないんだなぁ、と思う。もしも今、第三次世界大戦が勃発したとしたら、私は生き残っていけるのだろうか?私の所有する金属等の加工材料は国に接収されそうであるし、アクセなんて贅沢品は国から奨励されないであろう。カッコイイ軍服のデザインします!といったところで、そんなもんはイラン!と一蹴されることは想像に難しくない。ああ、そうか、国威高揚の為のチラシデザインとかの仕事があるな・・・。『欲しがりません、勝つまでは』って、このキャッチ・コピー考えた人は天才なんじゃないかと思う。糸井重里だっけ?『くうねるあそぶ』だっけ?『なんとなくクリスタル』だっけ?『欲しがりません、クリスタル?』なんかもうどうでもいいや。
戦争が始まったら国外に脱出するか・・・。けど英語あんまりわからないから勉強しなければならない。今から勉強するか・・・。っていうか日本人ともまともに話さないのに、外人と話す勉強するのか?起きるか起こらないかわからない第三次世界大戦の為に?
戦争するなよ、安倍。わかったな!
と、いうわけで平和な時代のニポンに生まれた喜びを噛み締めつつ、週末は全力でダラダラする(←普段からダラダラしてる)。
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