まずは基本的な事実から語ります。
1961年に確立された国民皆保険制度によって、子どももふくめてすべての人たちの医療が保険でカバーされるようになりました。
しかし、たとえば近年では、2007年10月に大阪府社会保障推進協議会が中心となって開催した「子どもシンポ」で「無保険の子ども」の存在が明らかになるなど、国民皆保険制度の水面下に隠れていた問題の一角が浮上しています。
大阪などでは、子育て世代を含む若者の半数が非正規労働者、実質的な無保険の状態に置かれているといいます。
そうした家庭の子供たちの実態が、メディアでも取り上げられ報道されるようになりました。
子どもたちは病気や怪我をしても、親たちを気遣って親には言わない、見せないというケースが報道されました。そして、朝一番には学校の保健室にやって来るのです。 こうした、本来はいないはずの状態の子どもたちのことが報道されました。
私たちが気づかないうちに、日本で事実上の無保険者が増えてきていたのです。
現在では、世界50カ国が国民皆保険を導入しています。韓国は21年前、台湾は17年前、タイでも9年前から導入しました。 皆保険制度は保守党の政治家にとって、特に農民たちに医療が届くという点で、大きな「票田」を期待できる好都合な政策でした。 それによって、安い給与でも医者にかかることができますが、しかし、実は国民皆保険を導入した国々で、困った事態も起きています。
「地方(田舎)で働き続けたい」という医師や看護師たちがある程度いなければ、制度を導入したものの「保険あって医療なし」という状況に陥ってしまうことです。 そして、WHOは僻地(農村や山村)で働く人材を世界中で育てなければ、制度はあっても実質的に国民皆保険が成り立たないことを理解したのです。
私的な保険しかなければ、アメリカのように“裕福な人は保険に加入できるが、貧しい人たちは保険に入れない”(医療を受けることが非常に困難)という世界を招来します。 このような世界になることを恐れた日本の為政者が、100年以上前に社会保険の導入を考え、その結果が現在の国民皆保険制度につながりました。
今年に入って、中国でも皆保険制度が導入されました。 2月半ばの『人民日報』では、さまざまな制限はあるものの、国民皆保険制度は8億3,000万人の農民に行き渡ったと伝えています。
すでに1997年には、MAI(多国間投資協定)という名前で、TPPに相当するものが審議されています。 MAIはOECD(経済協力開発機構)を中心にヨーロッパで議論され、それに対して1,000団体にも上る世界中のNGOが抗議活動を行いました。 日本で唯一抗議の声をあげたのは、NGO「市民フォーラム2001」(200年3月解散)だけでした。その危険性に気づいたヨーロッパでは、ただちにOECDに向けての反対運動が展開されたので、結果としてMAIは取り下げられる結果になりました。
今回のTPPは、よく言われるように、昨年秋の臨時国会冒頭の菅首相による所信表明演説で突然出されたものです。 その後政府は全く情報を出しませんでしたが、今年の元旦には主要全国紙が揃って、「日本は貿易立国だから、関税をゼロにすれば日本は再生する」とTPPを礼賛していました。
TPP参加により日本の経済を発展させるというのが共通した趣旨でした。
大きな問題の核心のひとつは、混合診療の全面解禁が医療崩壊に繋がるのではないかということです。
国会質疑などでは、「医療の市場化で病院の株式会社経営や患者と医者との間に民間の保険会社が入るようになること、混合診療の全面解禁など」についてどう考えていかという質問に対して、菅首相は「TPP協定についてすべてが明らかになっているわけではない」「国内医療の分野にどのような影響が出るかということを、あらかじめ申し上げることは困難」であると答弁しています。
2月の初めになると、外務省が24分野にわたるTPP交渉の内実についてようやく情報開示を始めました。
TPP反対派の意見では、国民皆保険制度が内と外からの二つの危機に直面していることを指摘されています。 内からの危機は財政赤字、国保の滞納・未納、「無保険者」の増加などであり、外からの危機がTPPのような医療のグローバル化です。
国民皆保険制度の根幹を支える最も大切なルールは、混合診療の全面解禁を禁止していることです。 日本でも混合診療は一部の先進医療に限って認められており、この制度をうまく運用すれば患者のさまざまなニーズに対応できるとされています。
何が問題かというと、混合診療が全面解禁されれば、利益を広げる動機付けが医療側に生じることです。 利益を拡大できるのであれば、少しでも条件の良いところで開業しようとか、少しでも良い職場で働こうとする、資本主義のもとではごく当たり前の行動様式が生まれてきます。 このあり方が国民皆保険制度を実質的に崩してしまうことが問題なのです。 利益の少ない農山村や救急医療などの分野では、現在でも深刻な医師不足が問題視されていますが、混合診療が全面解禁によって、満足に医療を受けることのできない国民が増加すると予想されるのです。
それに対して、単純に医師を増やせば良いという発想では、問題解決にはなりません。
医者が1人誕生するには数千万円もかかるという、難しい財政的な問題がありますし、だいぶ前から指摘されているように臨床医のレベル低下という問題もあります。
おそらく介護の分野ではもっと事態は深刻です。
医療と介護の連携不足、介護の受け皿不足、家族や労働現場の形態が以前とは違ってきている(家庭介護の割合が低下する一方で、高齢者の単身世帯や老人介護が増えている)、地域の支え合い(コモンズ)の低下・・・といった大きなテーマを、今後の日本社会がますます抱えることになるからです。
つまり、結論として、TPP参加は医療の分野における弱者切り捨てになる可能性が強いのです。
もともとヨーロッパでMAI(多国間投資協定)導入に対する大反対が起こり、取り下げられたのには、そうした懸念があったからでした。