ネギネギをオープンしてから、初めてきたお客さんに、ほぼ100%聞かれること。
「なんでネギのお店やろうと思ったんですか?」
そのたびに、
「ネギがすきだからです。」
「なんで好きになったかというと、私地元が博多で博多のうどんってコシがないのが特徴で~~かくかくしかじか・・」
って話をするのだけど。
でも実はネギ専門店にするって決めたのは、お店オープンするたった半年くらい前の話で。
そしてネギよりも好きな野菜も実はある。(あ、でもネギのことを間違いなく一番考えてます)
私はネギ専門店をやりたかったから店を出したっていうより、
自分の店を持ちたくて、続けたくて、こだわりたくて
まずはそれが根底にあった。
どうやったらまだまだ未熟な自分がこの世界で勝負していけるかな??
いや、自分はどんな勝負をしていきたいのかな??
10年20年と料理の世界でやってきた人にはここからじゃ叶わない。
だけどオールジャンルだとかなわなくても、どんなに料理をやってきた人にもこれだけは負けない!
っていうような、特化したことをやりたかった。
10年後、いや5年後にはきっとネギだけで言えば絶対に負けないだろう。そんな気持ち。
でももっと根底に戻ると。
私はなんで飲食をやりたかったのか。
飲食業ってなんでか知らんけど、下に見られることすごい多いと思うんよね。
拘束時間長いし、その割りに稼げない、みたいなイメージだから??
誰でもできるじゃんって思われがち??
確かに入りやすい業界でもあるし、いくつになっても気持ちさえあれば始められると思う。
外食しなくても、レストランがなくても、だれも死なない。
食材さえ手に入れば、自分でご飯食べれれば、生きていける。
お医者さんとかみたいにそれがないと死ぬ!みたいな。命に関わる仕事ではないのかもしれない。
命を救うような仕事になると、そりゃあ責任重大だし、壮大なこと。
私はもともと建築の世界にいたけど、建築もスケールの大きな仕事だと思う。
形にないものを形にする創造の世界。これも壮大。(でもやることは結構地味なことの積み重ね)
じゃあ世の中のいろーーーんな仕事たちに比べて、
飲食は簡単なものに見えるのかな?
飲食の世界といっても幅広いのだけど。
わたしは飲食の世界っていうのは、小さな幸せを生んでいく仕事だと思ってる。
きっかけを繋いで、幸せに変えていく職業。
そりゃ店によるけど、スケールはでかくないかもね。
(ここではあくまで個人店の話)
飲食店がなくったって死なないよ、
でも、この小さな幸せを生み出すことって、
生きていくうえでは、とても大事なことなんじゃないかなぁ。
食べることは生きていく上で欠かせないし。
それがプラスアルファちょっとした幸せついてきたら嬉しいやん。
「あ~今日は仕事頑張ったから、あの店で好きなもの食べよ~!」とか
「給料入ったから奮発して、今日は豪華な食事にしよっ」とか
「あの店のあの子に会いに行って元気もらおー!」とか
「あの店に行けば、会いたい誰かがいるはず~」とか
初めましてなはずなのに、気づいら乾杯してる、とか。
とても身近な存在にある
飲食店ならではの出逢いや小さな幸せの連鎖がたくさん起こる。
飲食店にはいろんな人が集まるし、
普通にいけば絡むことなかっただろうなぁっていうようなジャンルが違う人と仲良くなったり、さ。
お腹が満たされるだけじゃない、心が満たされる場にもなれると思う。
食べることは人間の共通点。
こんなに身近に、人の憩いになれる仕事って他にないんじゃないかなぁ。
でもそう気づけたというか、私がそう思えるようになって、
そこから私が飲食の世界にいきたいと思ったのには、今までの生きてきた人生に、色んなきっかけがあったからで。
むかしむかし付き合ってた人が、焼き鳥屋さんで働いてて、自分の独立を目指して毎日毎日頑張ってた。
それを側で見てて、毎日チキンチキンしか言わないくらい話を聞いて
誕生日もクリスマスも記念日も全部焼き鳥屋で、
あんた前世は鶏なんじゃ、、、って思うくらい。
でも一緒にいるうちにだんだんと影響されて、いっつも自分のお店を目標にひたすらに頑張ってる彼を見てて、飲食に興味を持つようになった。
実はその彼が働いてたお店がコの字形カウンターでスタッフがねじりはちまき巻いて、
店内を走り回っている。
大将は70とか越えてたけど白髪でバリバリ現役で、
キャベツのおかわりは大きなザルでもってきてそのまま素手で、手づかみでいれてくれる。
帰りは必ず外まで送ってくれる。
チャキチャキのとにかく粋の良いお店だった。
ネギネギのスタイルは実は結構このお店を、お手本にさせてもらっているところがある。
同じ頃、学生だった私は、ちょうどダイニングバーでオープニングスタッフとして働き出してた。
100人以上の応募が殺到したそのバイトの採用枠は、わずか5名。
だけど私はその約100人中、面接が1番目という幸か不幸か
基準となった私は、なぜかすごい倍率をくぐり抜け、採用された。
オーナーがヤクザ並みに怖くて、顔5センチくらいのとこで何度も怒鳴られた。
中には全く納得いかないような、理不尽なことの時もあって、つば飛ぶし、最悪だと思ったりも。
飲食店なのに、歩き方の練習や立ち方もよくさせられてたなぁ。
ほんと怖かったな~~~笑
だけど、大理石のバーカウンターを使ってるくらい、いいお酒を出していたそのお店では、
「とにかく酒は呑んで覚えろ!!」と
プレミアムなたくさんのお酒たちを、いい氷といいグラスで勉強させてもらったことで、
お酒がとてもとても好きになった。
それまでは焼酎もビールも飲めなかったし、カクテル、酎ハイを嗜む程度だったかも。
幸か不幸か。笑
あるときお店が忙しくて、よし!バーカウンターでできる仕事をやろうと思って、
たまっているお客さんに出すお酒を、率先して作ろうとしていたら、
オーナーに「お前何様だと思ってんだ!お前の酒が飲めるわけねーだろ!いつ教えたんだよ。教わってねーだろ!馬鹿か!」
てブチキレられた。これは今でもとても覚えてる。
めっちゃムカついたなーー
「水割りくらい作れるわい!お客さん待っとるやんけ!」
って思ってその頃の私はたぶんブスッとしてホールに戻ったんだけど、
そりゃそうだなぁと後になって思った。
めちゃめちゃこだわって、お酒の一つ料理の一つ一つを大事にしてるお店で、しっかり教わってもない、合格もなんももらってない自分の専門外の仕事を勝手にやろうとしたんだから。
あーオーナー本気で店やってんだなぁって思った。(まじで生意気な小娘、小石原)
そのお店で働いてることで、自分に会いにきてくれる常連さんが初めてできたりして。
なんだこの世界、めっちゃ楽しいなーと思って、
飲食の世界にのめり込んでいったんだなぁ。
やんわーりやんわーり自分のお店っていいよなぁってのもほんとうにちょっぴりだけ、思うようになった。
たぶんちょうど20歳ころ。
でも建築学生だった私は、建築の世界に入って東京に上京。
毎日毎日デザインという世界でもまれて奮闘して、人生の中でたぶん一番働いてた時期だなぁ後にも先にも。
これはこれでかなりの忍耐力がついた。
でも、なんだろうな、飲食好きだったんだろうな。
過労で倒れたときに、自分の中での何かが決まって、飲食の世界に入ることを決意した。
それからイタリアで出逢った友人の奇跡のきっかけで、旅人が集まるダイニングバーPUSHUPに入り、
人との繋がりが一気に増えたんだなぁ。
建築の世界で仕事しかしてなかった私の周りに友達は全くおらず、
人付き合いも少し分からなくなってるくらい精神的にやられてた私は、
PUSHUPでたくさんの仲間ができて、常連さんとの会話も楽しくて、飲食に更にはまっていった。
だからこそ、あるときふと思った。
「わたし、自分のお店、やりたい。」
23歳のとき。
リミットは5年と決めたものの、飲食意外の仕事もその間色々やってるし、
人を巻き込みまくってタイでお祭りやったり、
人生は常に楽しんできたなぁ。
だからかなり遠回りしたなぁ。
ほんとにたくさん遠回りはしたけど、
でもきっとそれがあるから今の自分や周りの人がいるわけで。
これは何一つ後悔してない。
28歳、ほんとにリミットギリギリの歳で独立。
ネギネギをオープンした。
この歳で女で独立して会社にしたってなると、少数派かもしれない。
頑張ってるね~!凄いね~!といってもらえることもある。
まぁでも実際は
周りから低く見られようが、高く見られようが、どーだっちゃいい。
自分を貫きたい。
見失いたくない。
自分を
小石原浩美を、とにかく真当したい。
でも今の私はまだまだ、すぐ自分がどうしたいのか分からなくなったり、悩んだりする。
独立する前もしてからも、
基本的に予想外のことばっかり起きるし、自分の能力の低さとか、考え方の甘さとかもたくさん痛感する。
独立した直後は色んなことが起きすぎて、
いきなり境地に立たされたときは、精神科に通ってたし、睡眠薬を飲まなきゃ寝られなかった。
いつも楽しそうだね~~~飲食店っていいよね~~~~
って感じに思われることもあると思うけど、
けっこー色々ある、よ。笑
私がすぐ立ち止まるもんだから、
独立してる、周りの友達や先輩たちにも、
よく叱ってもらってるし、
自分にむかついたり、よくわからんくなって、きぃ~~~~ってなることもたくさん!
でも、結局のところ。
私は、
この仕事がとてもとても、好きだ。
何が起きても、飽きない仕事だろう。
あの時、あの場所があったから今があるんだよ、ロミちゃんがいたからだよ、とか。
ネギパワーのおかげで切り替えて明日も頑張れる、とか。
ネギネギに来るために、関西から来ました!とか。
ネギってなんなんすか~~~~!とか。
自分のお店で出逢った2人が結婚したりとか。
ただひとつの小さな店や、私が生み出せる幸せも、積み重なったら結構なもんよ!!!
たぶん。
そして私もそう伝えてくれたり、楽しんでるお客さんの顔見て元気もらって、
ニヤニヤしちゃうし、もっともっとやりたいな~!って思うんだな。
結局はいつもそこに救われるし、原点に戻れる。
好きなんだなぁ、この仕事。
飲食っていーーよーーー
みんなやったらいいのに。
ここに来たら、ちょっとだけ幸せになれる。
そんなお店を育てていきたいな、これからも。
変わっていくことと、変わらないことを見極めながら。
相変わらず、回り道ばっかりやけど。
結局のところ何が言いたいんかよくわからんくなってきたけど、
誰かに伝えたくてこれを書きだした気がするのだけど、
「なんでネギのお店やろうと思ったんですか?」
そのたびに、
「ネギがすきだからです。」
「なんで好きになったかというと、私地元が博多で博多のうどんってコシがないのが特徴で~~かくかくしかじか・・」
って話をするのだけど。
でも実はネギ専門店にするって決めたのは、お店オープンするたった半年くらい前の話で。
そしてネギよりも好きな野菜も実はある。(あ、でもネギのことを間違いなく一番考えてます)
私はネギ専門店をやりたかったから店を出したっていうより、
自分の店を持ちたくて、続けたくて、こだわりたくて
まずはそれが根底にあった。
どうやったらまだまだ未熟な自分がこの世界で勝負していけるかな??
いや、自分はどんな勝負をしていきたいのかな??
10年20年と料理の世界でやってきた人にはここからじゃ叶わない。
だけどオールジャンルだとかなわなくても、どんなに料理をやってきた人にもこれだけは負けない!
っていうような、特化したことをやりたかった。
10年後、いや5年後にはきっとネギだけで言えば絶対に負けないだろう。そんな気持ち。
でももっと根底に戻ると。
私はなんで飲食をやりたかったのか。
飲食業ってなんでか知らんけど、下に見られることすごい多いと思うんよね。
拘束時間長いし、その割りに稼げない、みたいなイメージだから??
誰でもできるじゃんって思われがち??
確かに入りやすい業界でもあるし、いくつになっても気持ちさえあれば始められると思う。
外食しなくても、レストランがなくても、だれも死なない。
食材さえ手に入れば、自分でご飯食べれれば、生きていける。
お医者さんとかみたいにそれがないと死ぬ!みたいな。命に関わる仕事ではないのかもしれない。
命を救うような仕事になると、そりゃあ責任重大だし、壮大なこと。
私はもともと建築の世界にいたけど、建築もスケールの大きな仕事だと思う。
形にないものを形にする創造の世界。これも壮大。(でもやることは結構地味なことの積み重ね)
じゃあ世の中のいろーーーんな仕事たちに比べて、
飲食は簡単なものに見えるのかな?
飲食の世界といっても幅広いのだけど。
わたしは飲食の世界っていうのは、小さな幸せを生んでいく仕事だと思ってる。
きっかけを繋いで、幸せに変えていく職業。
そりゃ店によるけど、スケールはでかくないかもね。
(ここではあくまで個人店の話)
飲食店がなくったって死なないよ、
でも、この小さな幸せを生み出すことって、
生きていくうえでは、とても大事なことなんじゃないかなぁ。
食べることは生きていく上で欠かせないし。
それがプラスアルファちょっとした幸せついてきたら嬉しいやん。
「あ~今日は仕事頑張ったから、あの店で好きなもの食べよ~!」とか
「給料入ったから奮発して、今日は豪華な食事にしよっ」とか
「あの店のあの子に会いに行って元気もらおー!」とか
「あの店に行けば、会いたい誰かがいるはず~」とか
初めましてなはずなのに、気づいら乾杯してる、とか。
とても身近な存在にある
飲食店ならではの出逢いや小さな幸せの連鎖がたくさん起こる。
飲食店にはいろんな人が集まるし、
普通にいけば絡むことなかっただろうなぁっていうようなジャンルが違う人と仲良くなったり、さ。
お腹が満たされるだけじゃない、心が満たされる場にもなれると思う。
食べることは人間の共通点。
こんなに身近に、人の憩いになれる仕事って他にないんじゃないかなぁ。
でもそう気づけたというか、私がそう思えるようになって、
そこから私が飲食の世界にいきたいと思ったのには、今までの生きてきた人生に、色んなきっかけがあったからで。
むかしむかし付き合ってた人が、焼き鳥屋さんで働いてて、自分の独立を目指して毎日毎日頑張ってた。
それを側で見てて、毎日チキンチキンしか言わないくらい話を聞いて
誕生日もクリスマスも記念日も全部焼き鳥屋で、
あんた前世は鶏なんじゃ、、、って思うくらい。
でも一緒にいるうちにだんだんと影響されて、いっつも自分のお店を目標にひたすらに頑張ってる彼を見てて、飲食に興味を持つようになった。
実はその彼が働いてたお店がコの字形カウンターでスタッフがねじりはちまき巻いて、
店内を走り回っている。
大将は70とか越えてたけど白髪でバリバリ現役で、
キャベツのおかわりは大きなザルでもってきてそのまま素手で、手づかみでいれてくれる。
帰りは必ず外まで送ってくれる。
チャキチャキのとにかく粋の良いお店だった。
ネギネギのスタイルは実は結構このお店を、お手本にさせてもらっているところがある。
同じ頃、学生だった私は、ちょうどダイニングバーでオープニングスタッフとして働き出してた。
100人以上の応募が殺到したそのバイトの採用枠は、わずか5名。
だけど私はその約100人中、面接が1番目という幸か不幸か
基準となった私は、なぜかすごい倍率をくぐり抜け、採用された。
オーナーがヤクザ並みに怖くて、顔5センチくらいのとこで何度も怒鳴られた。
中には全く納得いかないような、理不尽なことの時もあって、つば飛ぶし、最悪だと思ったりも。
飲食店なのに、歩き方の練習や立ち方もよくさせられてたなぁ。
ほんと怖かったな~~~笑
だけど、大理石のバーカウンターを使ってるくらい、いいお酒を出していたそのお店では、
「とにかく酒は呑んで覚えろ!!」と
プレミアムなたくさんのお酒たちを、いい氷といいグラスで勉強させてもらったことで、
お酒がとてもとても好きになった。
それまでは焼酎もビールも飲めなかったし、カクテル、酎ハイを嗜む程度だったかも。
幸か不幸か。笑
あるときお店が忙しくて、よし!バーカウンターでできる仕事をやろうと思って、
たまっているお客さんに出すお酒を、率先して作ろうとしていたら、
オーナーに「お前何様だと思ってんだ!お前の酒が飲めるわけねーだろ!いつ教えたんだよ。教わってねーだろ!馬鹿か!」
てブチキレられた。これは今でもとても覚えてる。
めっちゃムカついたなーー
「水割りくらい作れるわい!お客さん待っとるやんけ!」
って思ってその頃の私はたぶんブスッとしてホールに戻ったんだけど、
そりゃそうだなぁと後になって思った。
めちゃめちゃこだわって、お酒の一つ料理の一つ一つを大事にしてるお店で、しっかり教わってもない、合格もなんももらってない自分の専門外の仕事を勝手にやろうとしたんだから。
あーオーナー本気で店やってんだなぁって思った。(まじで生意気な小娘、小石原)
そのお店で働いてることで、自分に会いにきてくれる常連さんが初めてできたりして。
なんだこの世界、めっちゃ楽しいなーと思って、
飲食の世界にのめり込んでいったんだなぁ。
やんわーりやんわーり自分のお店っていいよなぁってのもほんとうにちょっぴりだけ、思うようになった。
たぶんちょうど20歳ころ。
でも建築学生だった私は、建築の世界に入って東京に上京。
毎日毎日デザインという世界でもまれて奮闘して、人生の中でたぶん一番働いてた時期だなぁ後にも先にも。
これはこれでかなりの忍耐力がついた。
でも、なんだろうな、飲食好きだったんだろうな。
過労で倒れたときに、自分の中での何かが決まって、飲食の世界に入ることを決意した。
それからイタリアで出逢った友人の奇跡のきっかけで、旅人が集まるダイニングバーPUSHUPに入り、
人との繋がりが一気に増えたんだなぁ。
建築の世界で仕事しかしてなかった私の周りに友達は全くおらず、
人付き合いも少し分からなくなってるくらい精神的にやられてた私は、
PUSHUPでたくさんの仲間ができて、常連さんとの会話も楽しくて、飲食に更にはまっていった。
だからこそ、あるときふと思った。
「わたし、自分のお店、やりたい。」
23歳のとき。
リミットは5年と決めたものの、飲食意外の仕事もその間色々やってるし、
人を巻き込みまくってタイでお祭りやったり、
人生は常に楽しんできたなぁ。
だからかなり遠回りしたなぁ。
ほんとにたくさん遠回りはしたけど、
でもきっとそれがあるから今の自分や周りの人がいるわけで。
これは何一つ後悔してない。
28歳、ほんとにリミットギリギリの歳で独立。
ネギネギをオープンした。
この歳で女で独立して会社にしたってなると、少数派かもしれない。
頑張ってるね~!凄いね~!といってもらえることもある。
まぁでも実際は
周りから低く見られようが、高く見られようが、どーだっちゃいい。
自分を貫きたい。
見失いたくない。
自分を
小石原浩美を、とにかく真当したい。
でも今の私はまだまだ、すぐ自分がどうしたいのか分からなくなったり、悩んだりする。
独立する前もしてからも、
基本的に予想外のことばっかり起きるし、自分の能力の低さとか、考え方の甘さとかもたくさん痛感する。
独立した直後は色んなことが起きすぎて、
いきなり境地に立たされたときは、精神科に通ってたし、睡眠薬を飲まなきゃ寝られなかった。
いつも楽しそうだね~~~飲食店っていいよね~~~~
って感じに思われることもあると思うけど、
けっこー色々ある、よ。笑
私がすぐ立ち止まるもんだから、
独立してる、周りの友達や先輩たちにも、
よく叱ってもらってるし、
自分にむかついたり、よくわからんくなって、きぃ~~~~ってなることもたくさん!
でも、結局のところ。
私は、
この仕事がとてもとても、好きだ。
何が起きても、飽きない仕事だろう。
あの時、あの場所があったから今があるんだよ、ロミちゃんがいたからだよ、とか。
ネギパワーのおかげで切り替えて明日も頑張れる、とか。
ネギネギに来るために、関西から来ました!とか。
ネギってなんなんすか~~~~!とか。
自分のお店で出逢った2人が結婚したりとか。
ただひとつの小さな店や、私が生み出せる幸せも、積み重なったら結構なもんよ!!!
たぶん。
そして私もそう伝えてくれたり、楽しんでるお客さんの顔見て元気もらって、
ニヤニヤしちゃうし、もっともっとやりたいな~!って思うんだな。
結局はいつもそこに救われるし、原点に戻れる。
好きなんだなぁ、この仕事。
飲食っていーーよーーー
みんなやったらいいのに。
ここに来たら、ちょっとだけ幸せになれる。
そんなお店を育てていきたいな、これからも。
変わっていくことと、変わらないことを見極めながら。
相変わらず、回り道ばっかりやけど。
結局のところ何が言いたいんかよくわからんくなってきたけど、
誰かに伝えたくてこれを書きだした気がするのだけど、
どちらかというと、自分への手紙みたいになったな。笑
また迷ったり悩んだときは、振り返れるように。
また迷ったり悩んだときは、振り返れるように。
悩んでも仕方ないことは、切り替えて前に進んでくしかないし。
人生一度切り。
明日何があるかなんて、ほんとにわからん。
やりたいことほっといたら、気づいたら人生終わってるかも。
そんなのもったいね~~~~~~!
心決めるのも、行動するのも、自分次第。
人生一度切り。
明日何があるかなんて、ほんとにわからん。
やりたいことほっといたら、気づいたら人生終わってるかも。
そんなのもったいね~~~~~~!
心決めるのも、行動するのも、自分次第。
誰もやっちゃくれんよ!
覚悟決めたほうが、よっぽど楽しい。
それも自分次第。
ということで、























































































































