『幻の旅路』大湾節子のブログ -235ページ目
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『幻の旅路』 小林幸子氏のリビュー

『幻の旅路』
     
著者:大湾節子(おおわんせつこ)

発行所:茉莉花社(まつりかしゃ)
発売所:本の泉社
定価:2800円(税別)
ISBN978-4-7807-0473-0 C0093  
発売中
640頁 (カラー写真40枚、白黒写真280枚)

大きな夢と好奇心に満ちた三十代、毎年小さなカメラを片手にヨーロッパ一人旅に出かけました。
このたび、その思い出を写真入の640頁からなる一冊の本にまとめました。

懐かしいヨーロッパの景色を背景に、自分と正直に向き合った心の日記です。
旅先で出会った人々やドキドキするような不安と恐怖の出来事が、昨日のことにように新鮮によみがえります。

11月末ごろまで、日本全国の大きな書店の隅っこに置いてあると思います。
ぜひ手にとってご覧ください。
もしご興味がございましたら、お近くの本屋さんでお問い合わせください。

また、旅や写真のお好きな方にもご紹介いただけると幸いです。

$大湾節子のブログ-『幻の旅路』
Trub, Switzerland 1993/08/29

「ひっそりと隠れた山間の村トゥルブで丸みを帯びた緑の丘陵地」

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大湾節子著

『幻の旅路』レビュー    

小林幸子 
(ロスアンジェルス在住 翻訳家)

本書は著者が30代に足しげくヨーロッパへの一人旅に出かけ、旅のメモを基にして30数年を費やして執筆した「自分と正直に向かい合った心の日記」である。

本書誕生に至る著者の気が遠くなるような30数年の年月と道程はこの労作に結実した。

著者は昭和女子大英米文学科卒業2年後の1969年に、南カリフォルニア大学大学院シネマ科で5年間学び、今や彼女のアメリカ生活は40余年になる。
 
著者が初めてヨーロッパの旅に出たのは1978年、33歳の時であった。
当時人生の一つの大きな挫折(ざせつ)に直面したことが彼女をヨーロッパに駆(か)り立てた。

旅に憑(つ)かれ、旅をし続けることが彼女の人生の基軸(きじく)となった。

それはロサンゼルス(LA)に根を降ろした彼女の生活に襲いかかる困難と戦い、且(か)つ克服しながらの過程であったに違いない。

事実、LAでの会社の同僚や東京での旧友たちから感じ取った彼女の「生き方への非難」は旅行中に夢となって現れたという記述が4ヶ所ある。

そして、
「こうして旅に出るのはいいが、何だか同じ同心円を描いて一生が終わってしまいそうな不安」(p.551)に悩まされる。

それでも、彼女の旅は半端(はんぱ)ではなかったのである。

「自分と正直に向かい合った」決断と続行は、非日常の空間と時間を越えた。

後年LAで写真展を何回も開催し、旅行写真家としての地位を築き上げた。
 
著者がこれまでにした旅行の範囲はヨーロッパにとまらないが、『幻の旅路』はなぜヨーロッパであったのであろうか。

「幼少の頃からヨーロッパの映画や音楽、文学や美術の世界に影響を受けていた」
という記述が「序 旅のはじめに」に見られるが、これが、困難をはらんでいても、彼女にとって自然な心の成り行きであり、帰結(きけつ)であったことが読み取れる。

2万3千余のコマのネガから選んだという40枚のカラー写真の一枚一枚が、本書を読み進むと、刻々と変化する著者のある瞬間の内奥を垣間見る、生きた風景になる。

「追憶の場所、旅の記録」なる巻頭ページのサブタイトルの下にある写真は、60歳を過ぎて出版準備の具体的作業を開始した著者の心を占めていたものではなかったか。

40代で本書初稿の出版チャンスがなかったわけではなかったとのことであるが、仮にその時出版していたら、この写真は巻頭には来なかったと、私は思う。

本文を読み進みながら、私は何度ページをめくって、カラー写真と序文に戻ったかしれない。
 
そして、巻頭を飾る40枚のカラー写真も、本文の記述と一致して掲載(けいさい)されている280枚の白黒写真も、日本がバブル経済の恩典を受けて一般化されてきた海外旅行以前に、著者の内奥メッセージとして撮られた作品であることを、私は痛く感じた。

彼女が一番好きだったのは、スイスのブリエンツ湖畔であったらしい。
 
写真に劣らず重要な比重を占めているのは、人との出会いであった。

文筆の道を歩むジャン・ピェール、ヴァイオリニストのマーク、『旅情』のキャサリン・ヘップバーンや『終着駅』のジェニファー・ジョーンズのようにはいかなかったけれど、著者が恋心を抱いたビジネスマンのアルベルト、やさしい町娘ファニー、著者を歓待してくれたディーニュ(フランス)のホテル・オーナー一家など、忘れ得ぬ人たちの出会いの発端とその後の経過は実にインスピレーショナルで、その人たちの大半との交情は、何千マイルも離れて暮らしてきても、現在に至るまで続いている。

邂逅(かいこう)のすばらしさは求めずしては与えられないことを、読者は学ぶ。
(邂逅:思いがけなく出会うこと。偶然の出あい。めぐりあうこと。)
 
邂逅のハイライトの一つは、私(筆者)の独見で、
「スイス・ヴィルデック城の窓辺のプラント」(p.20 1993.09.04撮影)であろうか。

本文での記述はないが、
「2000年の私(著者)の写真展で、この城の子孫と偶然巡り合い友だちになる」
とのキャプションは、正に奇遇(きぐう)のドラマを感じさせる。
 
私が心打たれた写真は、「晩秋のベルサイユの森」である。
厳しさのある美である。

「夕暮れの中、向こうに消えていく」男が、私には、『第三の男』の忘れ得ぬ最終場面で去り行くアリダ・ヴァリを想起させた。

アントン・カラスのチター演奏が聞こえてくるではないか。
私の瞬時のひとりよがりのこの発想は、著者には意外な驚きになるかもしれない。

本書は視覚的な喜びを享受(きょうじゅ)し、本文を心で読む本である。
著者の感性がヨーロッパへいざない、駆り立てたのだから。
著者のライフワークとなった労作の一読をぜひお勧めしたい。


*松田まゆみさん
『鬼蜘蛛おばさんの疑問箱』のブログ
人生を問う旅の記録『幻の旅路』
(2010年11月24日)をぜひご覧下さい。

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