2 『幻の旅路』より ニースで、心の目が覚めた時のこと  | 『幻の旅路』大湾節子のブログ

2 『幻の旅路』より ニースで、心の目が覚めた時のこと 

落葉を踏みしめながら、ニースのパーク・シャトーの丘を一人歩く。
昨日とはうって変わって心が落ち着いて、満ち足りた気がする。

昨日の出来事を頭の中でゆっくり反芻(はんすう—繰り返し考えること)する。
朝、コンタクトレンズをなくしてしまい、そのたった1cmにも満たないレンズが、私の心を左右させ、意欲も楽しみも、そして幸せも全部奪ってしまった。

すっかり落ち込んでホテルに戻り、ふと小さな紙片に書かれた簡単な英文のメモを見つける。
それを読んで一瞬のうちに心の中が大きな喜びで満たされた。
そこまで考え着いて、私はあることに気が付いてはっとした。

私がこの世に生まれてきたときからずっと持っている素晴しいもの、つまり「からだ」がすべてを可能にしていたのだ。
たった一つの小さなレンズ、視力を失っただけで、心がふさがり、心を失ってしまった。

人間の体と心は確かに一体だった。
こんなことに気がついたのは初めてだった。

人間としてこの世に生まれてきたことの素晴しさ、命の尊さ、いま生きているという自覚も、このとき初めて出てきた深い認識だった。
 
私はいつも心の奥底から何か強い力が押し上げてきて、こうして見知らぬ土地を一人さまよい歩いていたが、なぜそうするのか自分でもよく分からなかった。

しかし、これらの無駄な回り道や昨日の出来事は、素晴しい「からだ」を持っているという認識に辿り着くための、すべて必然的な経験だったのだ。
 
わざわざヨーロッパまで来て、世界一美しいといわれているコートダジュールでコンタクトレンズを落とし、その美しい景色が一瞬にして灰色の景色に変わってしまう。

『幻の旅路』大湾節子のブログ-南仏ピンクのビル

Villefrance-sur-Mer, France

この苦い経験によって、私は生きることの原点を悟った気がした。
昨日は「心の視力」を得た、私にとっては記念すべき一日だった。

(1980.11.17 Monte Carlo---Nice, France---Monte Carlo, Monaco)

(『幻の旅路』第3章1980年 第3回目の旅 P191-192より 一部ブログ用)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

*『幻の旅路』33歳から39歳までの7年間。
ヨーロッパの旅の日記です。
(1978年―1984年)
ブログテーマ:『一人旅 幻の旅路より』

*『結納金は猫一匹』
42歳から44歳までの3年間。
猫と本しか持っていなかった夫との出会いの話。
(1987年2月—1989年12月)
(第1章)から順にお読み下さい。

幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子

¥2,940
Amazon.co.jp

日本・海外:著者から直接お求め下さい。