3 『幻の旅路』より 『ダビデ像を見る』
4月16日
「最近のコメント」の欄に、コメントの一部が表記されるようになってしまいました。
折角頂いたコメントですが、削除してみて、表示がどのように変わるかテストしてみます。
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*画面(文字)を大きくしてお読みください。
*動画はフルサイズでお楽しみください。
*前に載せたエッセイを改めてご紹介します。(2012-05-22)
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フィレンツェにはミケランジェロが作った有名なダビデ像がある。
今まで何回もこの像を見に行こうとしたが駄目だった。
一回目はアカデミア美術館の近くまで行ったが、昼休みで閉館中。
二時過ぎに行ってみたが、今度は美術館の入口が見つからない。
結局あきらめて帰ってきた。
二回目、ギリシャの帰りにフィレンツェで下車しようとしたが、ひどい雨と雪で気が変わった。
三回目、今日こそフィレンツェに戻ろうと思っていた朝に、モンテカルロのホテルの洗面所でコンタクトレンズをなくしてしまい、それどころではなくなってしまった。
というわけで、今年はやっとチャンスが訪れて、曰(いわ)くつきの永遠の美男子に今日こそ会いに行く。
十月最後の日だというのに、美しい太陽がサンサンと照り輝き、まるでフィレンツェの町中が私の訪れを歓迎しているかのようだ。
アカデミア美術館の一番奥のホールまで進んで行くと、ダビデは我々俗人の追従(ついじゅう—あとにつき従うこと)を許さない、ある世界を確立して、まさしくそこに毅然(きぜんー物事に応じないさま)として立っていた。
彼は、 我々がつまらないことで、悩み、悲しみ、憎しみながら生きている、そんな世界からは完全に超越して凛々しく(りりしく)存在していた。
彼の表情には、威圧的な押さえつけも、冷酷さも、高慢さも、あるいは、慈悲に満ちた優しい眼差しもない。
彼の前では媚び(こび)、へつらい、美辞麗句(びじれいく)はまったく色あせてしまう。
ダビデの像は、私の胸に真正面から強くぶつかってくる何かがある。
なんだろう?
それは彼の体の奥深いところから「ぐーん」と押し上げてくる生命の力強さだ。
静止したポーズの中に激しい動きがある。
彼の心臓のポンプが「トントン」と激しい勢いで躍動しているのがこちらまで聞こえてくる。
真っ赤な血が体の隅々まで勢いよく流れている。
そうだ、彼は生きている。
完全な体を持った者が生きる意志を持ち、我々が生きている間に経験する様々な外的内的経験をしている。
彼は生きる美しさ、生命の尊さ、人間の尊厳、そして人間そのものの美しさを体中で表現していた。
もはや、冷たい大理石の像ではなく、永遠の生命を与えられた者として、限られた命を持った我々に問いかけてくる。
限られた生命を持った人間が、生命のない素材を使って、不朽の生命をこの像の中に植えつけてしまう。
そんな神業をミケランジェロという若い彫刻家が成し遂げてしまった。
彼の創造したダビデは、「時」を超越した永遠の命を持った人間なのだ。
何という驚異だろう。
ダビデは非の打ちどころのない完璧な体を持った人間だ。
彼の美は「若さ」である。「若さ」は「時の反逆児」であるが、常に「時」が勝利者だ。
「時」はこの世にある全てのものを変形させてしまう。
ミケランジェロは美を永遠に保つために、ダビデのなかに「時」を完全に止めてしまった。
永遠に変わらないもの、普遍の真理、若さ、エネルギー、生命そのものをこの像に与え、「時」を凝結させてしまう。
ミケランジェロが「神」と一体になり、彼から生まれてきたものが「神聖なもの」となる。
ダビデの超然とした姿を見ていたら勇気が湧いてきた。
「我は人なり。
我は人間なり。
我は我なり。
我は今この世に生きているものなり。
我は我ゆえ幸せなり。」
私もこの世にある諸々の価値観に惑わされず、自分を失うことなく、いつも
「自分は自分であれ」
と願う。
そして生命が燃えつくす最後の瞬間まで、幸せの原点、生きること自体に喜びを見いだして生きていきたい。
自分の生を全うすることが一人一人の使命だから。
帰りの列車の中で色々と考える。
今までダビデ像を見られなかったのは、「縁」がなかったのではなく、自分が内面的に十分成長していなかったから、その機会が与えられなかったのだと気がついた。
昨年、モンテカルロでコンタクトレンズをなくした時に学んだ、生きていることの尊さや生命に対する深い認識がなければ、今日のダビデとの対話は到底不可能だった。
(1981.10.30 Venice—Firenze—Venice, Italy)
『ダビデ象』
1460年代と1470年代二人の彫刻家がフィレンツェの守護神の製作のために巨大な大理石の塊を削ったが、彫刻不可能のため作業が中止されていた。
1501年フィレンツェ政府( 羊毛商業組合)は二十五歳のミケランジェロ( 1475年生まれ-1564年没)に製作の継続を依頼する。
ミケランジェロは長年放置されていた大理石を使い、三年の月日をかけてダビデ像を完成する。
ダビデ像はイタリア・ルネッサンスの人物彫刻の最高傑作で、不朽(ふきゅう)の名作とされている。
(高さ17フィート=518センチ)
ダビデは旧約聖書の中に登場する若い羊飼いで、地中海一帯を治めていたペリシテの巨人ゴリアナを投石の道具で倒し殺す。
勇敢で公平なダビデはその後第二代のイスラエル王国の国王(在位BC1000年—961年頃)となって、全イスラエルを統一する。
それまでのダビデ像は、手に剣(つるぎ)を持ち、足元に巨人の頭を置いた戦いが終わった勝利者の姿を彫ってあったが、ミケランジェロはゴリアナとの戦いに挑(いど)む前のダビデの決意に満ちた緊張した一瞬をとらえ彫り上げた。
右足に重心を起き、左足を自由に遊ばせて、いわゆるコントラポストというS字形の流れるような体の線を持たせ、筋肉や腱(けん)、それに血管の浮き出た肉体は強い意志 と怒りを表している。
ハート形の瞳の目は怯(ひ)むことない決意と緊張がみなぎって、遠い一点を凝視している。
1504年に完成した作品は初め市庁舎前のシニョーリア広場に置かれたが、1873年アカデミア美術館に移される。
現在フィレンツェのミケランジェロ広場やシニョーリア広場にある像はレプリカである。
http://www.Salvastyle.com
http://www.Welometoscana.com/jp/david/html
http://jp.wikipedia.org/wiki/ダンテ像
http://en.wikipedia.org/wiki/David
Web Museum Paris, Statue.com, PBS Visual Art, BBC News 参照
(『幻の旅路』第4章 1981年、第四回目の旅 P251-252 一部ブログ用)
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*『幻の旅路』33歳から39歳までの7年間。
ヨーロッパの旅の日記です。(1978年―1984年)
ブログテーマ:『一人旅 幻の旅路より』
幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子
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*コメント欄に『幻の旅路』の編集・出版後の経験を書き入れました。
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フィレンツェにはミケランジェロが作った有名なダビデ像がある。
今まで何回もこの像を見に行こうとしたが駄目だった。
一回目はアカデミア美術館の近くまで行ったが、昼休みで閉館中。
二時過ぎに行ってみたが、今度は美術館の入口が見つからない。
結局あきらめて帰ってきた。
二回目、ギリシャの帰りにフィレンツェで下車しようとしたが、ひどい雨と雪で気が変わった。
三回目、今日こそフィレンツェに戻ろうと思っていた朝に、モンテカルロのホテルの洗面所でコンタクトレンズをなくしてしまい、それどころではなくなってしまった。
というわけで、今年はやっとチャンスが訪れて、曰(いわ)くつきの永遠の美男子に今日こそ会いに行く。
十月最後の日だというのに、美しい太陽がサンサンと照り輝き、まるでフィレンツェの町中が私の訪れを歓迎しているかのようだ。
アカデミア美術館の一番奥のホールまで進んで行くと、ダビデは我々俗人の追従(ついじゅう—あとにつき従うこと)を許さない、ある世界を確立して、まさしくそこに毅然(きぜんー物事に応じないさま)として立っていた。
彼は、 我々がつまらないことで、悩み、悲しみ、憎しみながら生きている、そんな世界からは完全に超越して凛々しく(りりしく)存在していた。
彼の表情には、威圧的な押さえつけも、冷酷さも、高慢さも、あるいは、慈悲に満ちた優しい眼差しもない。
彼の前では媚び(こび)、へつらい、美辞麗句(びじれいく)はまったく色あせてしまう。
ダビデの像は、私の胸に真正面から強くぶつかってくる何かがある。
なんだろう?
それは彼の体の奥深いところから「ぐーん」と押し上げてくる生命の力強さだ。
静止したポーズの中に激しい動きがある。
彼の心臓のポンプが「トントン」と激しい勢いで躍動しているのがこちらまで聞こえてくる。
真っ赤な血が体の隅々まで勢いよく流れている。
そうだ、彼は生きている。
完全な体を持った者が生きる意志を持ち、我々が生きている間に経験する様々な外的内的経験をしている。
彼は生きる美しさ、生命の尊さ、人間の尊厳、そして人間そのものの美しさを体中で表現していた。
もはや、冷たい大理石の像ではなく、永遠の生命を与えられた者として、限られた命を持った我々に問いかけてくる。
限られた生命を持った人間が、生命のない素材を使って、不朽の生命をこの像の中に植えつけてしまう。
そんな神業をミケランジェロという若い彫刻家が成し遂げてしまった。
彼の創造したダビデは、「時」を超越した永遠の命を持った人間なのだ。
何という驚異だろう。
ダビデは非の打ちどころのない完璧な体を持った人間だ。
彼の美は「若さ」である。「若さ」は「時の反逆児」であるが、常に「時」が勝利者だ。
「時」はこの世にある全てのものを変形させてしまう。
ミケランジェロは美を永遠に保つために、ダビデのなかに「時」を完全に止めてしまった。
永遠に変わらないもの、普遍の真理、若さ、エネルギー、生命そのものをこの像に与え、「時」を凝結させてしまう。
ミケランジェロが「神」と一体になり、彼から生まれてきたものが「神聖なもの」となる。
ダビデの超然とした姿を見ていたら勇気が湧いてきた。
「我は人なり。
我は人間なり。
我は我なり。
我は今この世に生きているものなり。
我は我ゆえ幸せなり。」
私もこの世にある諸々の価値観に惑わされず、自分を失うことなく、いつも
「自分は自分であれ」
と願う。
そして生命が燃えつくす最後の瞬間まで、幸せの原点、生きること自体に喜びを見いだして生きていきたい。
自分の生を全うすることが一人一人の使命だから。
帰りの列車の中で色々と考える。
今までダビデ像を見られなかったのは、「縁」がなかったのではなく、自分が内面的に十分成長していなかったから、その機会が与えられなかったのだと気がついた。
昨年、モンテカルロでコンタクトレンズをなくした時に学んだ、生きていることの尊さや生命に対する深い認識がなければ、今日のダビデとの対話は到底不可能だった。
(1981.10.30 Venice—Firenze—Venice, Italy)
『ダビデ象』
1460年代と1470年代二人の彫刻家がフィレンツェの守護神の製作のために巨大な大理石の塊を削ったが、彫刻不可能のため作業が中止されていた。
1501年フィレンツェ政府( 羊毛商業組合)は二十五歳のミケランジェロ( 1475年生まれ-1564年没)に製作の継続を依頼する。
ミケランジェロは長年放置されていた大理石を使い、三年の月日をかけてダビデ像を完成する。
ダビデ像はイタリア・ルネッサンスの人物彫刻の最高傑作で、不朽(ふきゅう)の名作とされている。
(高さ17フィート=518センチ)
ダビデは旧約聖書の中に登場する若い羊飼いで、地中海一帯を治めていたペリシテの巨人ゴリアナを投石の道具で倒し殺す。
勇敢で公平なダビデはその後第二代のイスラエル王国の国王(在位BC1000年—961年頃)となって、全イスラエルを統一する。
それまでのダビデ像は、手に剣(つるぎ)を持ち、足元に巨人の頭を置いた戦いが終わった勝利者の姿を彫ってあったが、ミケランジェロはゴリアナとの戦いに挑(いど)む前のダビデの決意に満ちた緊張した一瞬をとらえ彫り上げた。
右足に重心を起き、左足を自由に遊ばせて、いわゆるコントラポストというS字形の流れるような体の線を持たせ、筋肉や腱(けん)、それに血管の浮き出た肉体は強い意志 と怒りを表している。
ハート形の瞳の目は怯(ひ)むことない決意と緊張がみなぎって、遠い一点を凝視している。
1504年に完成した作品は初め市庁舎前のシニョーリア広場に置かれたが、1873年アカデミア美術館に移される。
現在フィレンツェのミケランジェロ広場やシニョーリア広場にある像はレプリカである。
http://www.Salvastyle.com
http://www.Welometoscana.com/jp/david/html
http://jp.wikipedia.org/wiki/ダンテ像
http://en.wikipedia.org/wiki/David
Web Museum Paris, Statue.com, PBS Visual Art, BBC News 参照
(『幻の旅路』第4章 1981年、第四回目の旅 P251-252 一部ブログ用)
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*『幻の旅路』33歳から39歳までの7年間。
ヨーロッパの旅の日記です。(1978年―1984年)
ブログテーマ:『一人旅 幻の旅路より』
幻の旅路―1978年~1984年 ヨーロッパひとり旅/大湾 節子
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*コメント欄に『幻の旅路』の編集・出版後の経験を書き入れました。