『幻の旅路』とPhotographic memory | 『幻の旅路』大湾節子のブログ

『幻の旅路』とPhotographic memory

「また邪魔が入って、すっかり目が覚めてしまった。
窓の外を見ると、真っ黒な夜空にこれ以上大きくなれないような満月がポッカリ浮かんでいる。

昔映画で観たような、戦争中のヨーロッパの寂しい町の景色が、暗闇のなかに現れては消え、また現れては消えていく。」

『幻の旅路』 第3章 1980年、第三回の旅 「パリ行きの夜汽車のできごと」 P89より

十二月のある日、朝倉さんが家にお見えになりました。
お会いするのは、その日が初めてです。(12月8日)

彼が企画・編集・出版をしている『Orange Network』という小雑誌に『幻の旅路』の紹介記事を二回も載せて下さって、それが縁で知り合いました。

彼は日米メディア協会の代表で、日米を股(また)にかけて色々な方面で大活躍をしている方です。

どうりで、「朝倉巨瑞」というお名前は、どこかで見た気がします。
巨人の巨と瑞(ズイーめでたいこと)で、「Yuma」と変わった読み方をします。
彼自身、ラフ新報の『磁針』というエッセイ欄を担当していらっしゃいます。

私が拝読したのは、『敬老感謝』、『恩おくり』、『過去のものさし』、『102歳の償い』(中国に住んで黙々と善行を続けて一生を終えた山崎宏医師の話)とたった四篇だけです。
読んでいて、とても感心しました。
というのは、

・彼の文章は、一つとして難しい言葉を使わずに、限られたスペースに筆者のメッセージが正確に伝わってくる。
・漢字、ひらがな、片仮名の選択が工夫されていて、私でも辞書なしで読める。
もちろん、目も疲れない。
・はじめ、中、終わりの文章の流れがとてもスムーズで、導かれた結論に素直に入っていける。
・堅くなりがちな話を、筆者が消化して、多くの読者に分かるように、やさしく事実を提供している。
・好感の持てる文章、また読みたい文章という文章があるが、朝倉さんの書かれた文章がそれに当てはまる。
・文章全体から、筆者が見栄を張らない、心の温かい誠実な方だと感じられる。
等々です。

実際、朝倉さんにお会いしたら、私よりずっとお若い方で、外見はお坊さんのような印象を与えました。
話し方も静かで謙虚(けんきょ)、人生を悟(さと)ったような考え方をしておられる人でした。

書くことに関しては私よりずっと先輩でプロの彼が、私の拙著(せっちょ)を、 
「毎日ベッドで少しずつ読んでいます。
大湾さんの人生の物語ですので、かみ締(し)めて読んでいます」
とメールがきて、大いに恐縮しました。

その彼が、質問してきたのが、今日のブログの冒頭の引用文のところです。
「旅の日記に、満月のことも書いておいたのですか?」
同じような質問を他の方からも受けました。

「旅先でこんな細かいことまで記していたら、日記帳は何冊あるのですか?」
実は、皆さんは、私が『Photographic memory』を持っているのをご存じないようです。
それで、そんな質問が出てきたのでしょう。

旅に持っていった葉書大の小さな手帳には、どこへ行ったかその地名、列車やバスの発着時刻、その時感じたことしか書いていません。
あとは、そのときに出会った人々の住所などです。

その時思ったこと、感じたこと、それに周囲の景色や情景は、全て頭の中にしっかりと記録されています。
ですから、コンピューターで何か検索するように、

[1980年、第3回の旅、アムステルダムからパリに行く夜汽車の中のこと]

と引っ張り出すと、車内の様子、車窓の景色、登場してきた人物の表情まで、まるで映画で見るように、鮮明に私の頭の中のスクリーンに時間を追って、現れてくるのです。
それゆえ、事細かに、長々と日記に記録することは、一切必要ないのです。

列車のどこに座ったか、右側か、左側か、列車はどちらの方向に動いていたか、車内はどんな様子だったか、などということは全部覚えています。

列車の窓から見た、過ぎ去っていく外の景色も映画のように上映されます。
七年間の旅の日記、『幻の旅路』の中で出てくる情景や心情は全て私の頭の中に入っていて、いつでもすぐにそのシーンが再現されるのです。

大好きなスイスのラングナウ駅を降りたら、どのように小道が続いていて、居酒屋風の「ホテル・ヒャシェン」に辿(たど)り着くかなど、いまでも地図を書いて説明できます。

(第4章 1981年 ラングナウに移動 ホテル・ヒャセンに泊る P231)
第4章 (1981年)のテンドの村に行った時のこともとても良く覚えています。

山間を走る小さな列車の中の様子、両側に迫ってくる山々、物寂(ものさび)しい山間(やまあい)の部落、ひとり降り立ったテンドの村、崖(がけ)っぷちに造られた部落、中世の教会の内部、列車を待っていたときに入ったカフェーの中の様子、テンド駅の構内、ニースに下る列車の中、と、もし私が優れた映画監督でしたら、すべてこと細かく、この時のことを映画に制作し、再現できたでしょう。

しかし、残念ながら、私は映画監督にはなれませんでした。

第5章(1982年)に登場したフランスのディーニュの町も、アプトの村の大通りも頭の中に入っていていますから、地図が書けそうです。

第7章(1984年)、『マルセイユに行く列車の中で、余計な世話を焼く』 (P592)では、列車の中の様子が余り書かれていませんが、私が車両のどこに座ったか、足の悪い男はどこに座ったか、彼が持っていたくしゃくしゃの茶色の紙袋はどこに置いてあったか、女学生はどの席だったか、と、絵を描いて説明できます。

(*それぞれのエピソードはブログテーマで選択して、お読み下さい)

もし、私が何かあって警察で職務質問されたら、一番詳しい情報を提供できる証人になるでしょう。

誰でもそうだと思いますが、何か印象に残ったことは、はっきりと、そしていつまでも覚えているものです。

ですから、私にとってこの日記を書くことは、また昔撮ったビデオを映写機で回すのと同じことですから、何ら問題はない訳です。
ただ、肝心な問題は、私の日本語の語彙(ごい)と表現力です。

これは日本語を忘れた私には最高に難しいことでした。
限られた語彙と表現で、自分が見たこと、感じたことを正確に書き著すことの難しさを、今回初めて経験しました。

先日、チャンネル2、CBSの 『 60 Minutes 』という番組で、
『 Superior autobiographical memory』
を持っている驚異の人たちを紹介していました。
(2010年12月19日放映)

例えば、
「2000年の12月31日、あなたは何をしていましたか?」
とか、
「その日に、世界ではどんなニュースがありましたか?」
と聞かれると、この超人的な記憶を持っている人たちは、99%(この数字はよく覚えていません)正確な答えを出すそうです。

1988年に製作された“Rain Man”という映画がありました。

Dustin Hoffman, Tom Cruise の出演で、翌年のアカデミー賞の四部門を獲得した映画です。
観られた方も多いと思いますが、超人的な記憶力を持った自閉症(じへいしょう)の兄と弟の珍道中(ちんどうちゅう)の話です。

この映画の中のお兄さんは一般的な知識や興味は全くなく、日常の生活も一人では余り頼りありません。

ところが、『 60 Minutes 』で紹介された『 Superior autobiographical memory』を持っている人たちは、皆それぞれの分野で成功し、活躍している人たちでした。

一人は女優さんでしたが、彼女の押し入れ(Walk-in-Closet)を開けたら、何百という靴が一分の隙(すき)もなく整然と置かれていました。

一つのペアーは前向き、次のペアーは後ろ向き、とそのパタンで全ての靴が置かれています。

見事と言えば見事ですが、その整然さに、感心するより、圧倒されます。
そして、彼女は、そういうところが普通ではなく「行き過ぎ」、悪くいえば「異常」(Obsessive)なのが分かりました。

彼女だけでなく、『Superior autobiographical memory』を持っている人たちは
皆『Obsessive-Compulsive Disorder (OCD)』の傾向を持っていると説明していました。

この特質を持っている人は、これを利用して、いい方にも伸びていき、成功しますが、悪い記憶も忘れられないので、後を引いて、ネガティブな影響もあるそうです。

さて、私の場合はどうでしょう。

私の記憶力は、彼らとは全く違います。

私は、数字を覚えるのはまったくダメです。
電話番号はもちろんのこと、いまでも自分の Social Security Numberでさえ正確に覚えていません。

いつも聞かれると、確か、6があった、とか、5があった、その次の番号は9かなという工合に、たった9けたの数字なのに、見ないで言うのは全く危なっかしいです。

ですから、何年の何月にと聞かれても、答えられません。

片付けるのは他の人より上手ですが、『Superior autobiographical memory』を持っている人たちのように、行き過ぎるほど、整然とはしていません。

特に、最近は体が動かないので、毎日の掃除も手抜き、あちらこちら埃(ほこり)が溜(た)まっています。

ただ、先ほど書きましたように、私の『Photographic Memory』 は、他の人より優れているようです。

それで、うちでは、夫や娘が何と言ったか、どんな口調で言ったかなど、私が全て覚えていて、テープレコーダーはいりません。

この特質を持っていると、いいことは、人が親切にしてくれたことを絶対忘れないことです。

マイナスのことは、嫌なことも覚えていて、これは人間関係に悪影響を与えます。

新しい年は、いままでの悪いことは忘れて、楽しいいいことだけを覚えておこうと思います。

2011年の皆様のご健康とお幸せを心からお祈り致します。
来年もよろしくお願い致します。

Wishing you a new year that brings good friends, good health, good luck, and good memories. Happy New Year!


$『幻の旅路』大湾節子のブログ-Langnau,Switzerland19910725

Langnau, Switzerland 19910725
「いつも懐かしく思い出すラングナウの青い空」

『幻の旅路』グラビア写真の頁 P10-11より

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