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ナチスの憲法改正「手口学んだら」 麻生副総理が発言
8月1日(木) 1時19分
 麻生太郎副総理が憲法改正をめぐり、ナチス政権を引き合いに「手口に学んだらどうか」などと発言したことに対し、米国の代表的なユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・ロサンゼルス)は30日、批判声明を発表し、「真意を明確に説明せよ」と求めた。

またまた麻生さんが面白いことを言ってるみたいですね~

ナチスの憲法改正の手口というのは恐らく、国会議事堂放火事件の犯人を共産主義者と断定して、共産党の議席を剥奪したあのやり方のことですね

日本でやるとすれば…

民主党議員や社民党議員などの議員で外国からカネをもらった議員(これはそもそも違法行為なのだからこういう議員が議席剥奪されない方が不自然)の議席を剥奪するとかになるんですかね?

ナチスの場合、彼らの政策は全て法的な根拠があってやっていたことなのでまず、「違法行為」なるものをナチスは一つも犯していないということです

「ナチスの犯したユダヤ人虐殺は犯罪である」というとき、当たり前ですが「ナチスが具体的にどの法律にどういうふうに違反したのか」ということを言えなければ、無意味です

ナチスは一体どの条文に違反したのか…

そんな条文は存在しないわけですよね

ナチスは合法的に政権をとり、その後も合法的にやっていった

だから少なくとも「裁判所」で裁かれる理由はないわけですよね

裁判というのはふつう法律に基づいて有罪無罪が下されますが、当然「犯罪性」が認められるためには、最低でも「違法性」がまず認められなければならないのですが、ナチスの場合、その「違法性」がないのです

それは主に全権委任法の役割によるものが大きいと思いますが

裁判でなぜナチスが有罪になったのかは実際法的な見地からはほとんど説明がつかず、「謎」としか言いようが無いのですが…

ナチスを取り締まれるような法律はどこにもないのにナチスは取り締まられた…

これは要するに、「国際的な裁判においては、犯罪を取り締まる際に根拠法は必ずしも必要ない」ということです

よく国際社会で日本が尊重する価値観は「法の支配」だと言われますが、「法の支配」の基では、「裁判で犯罪を裁くのには条文は必要ない」のですから恐ろしい限りです

「国際社会」なるものが「アイツを有罪にしたい」と思えばソイツはすでに「犯罪者」なのです
最近、どうして米ソ冷戦に関して連続して書いてるのかというと、「日本人が新自由主義から足を洗うためには、冷戦でアメリカが得たものではなく、失ったものについて思い出す必要がある」と思うからです

そもそも新自由主義の正当性自体が、「ソ連に対するアメリカの勝利」というたった一つの史実に依存している可能性があります

ソ連が解体したことによってアメリカ的な価値観を受け入れることが「強さにつながる」と日本人は錯覚したのです

しかし「ソ連に対するアメリカの勝利」によってアメリカが得たものよりも失ったものの方が大きいのです

ソ連に対するアメリカの勝利は、不思議なことにアメリカ自身にとって「自滅的な結果」をもたらしたのです

その一つの象徴は「ビンラディン」です

ビンラディンはソ連がまだ健在なときには、「ソ連と戦うために」アフガン戦争などではアメリカと行動を共にしていたのです

それがソ連が解体してからというもの、ビンラディンは、例えば、米軍がサウジアラビアに駐留することに対して、急に反発し始めたり、貿易センタービルに突っ込んだり、アメリカを明確に「闘うべき敵」として認識し始めます

あるいはソ連が解体されてからというもの、「ヨーロッパの周辺地帯」においてコソボ紛争などのきな臭い民族紛争が勃発します

中央アジアや中東においてもソ連がまだ健在なときには大人しくガマンしていた国々が、ソ連の崩壊とともに「突然元気になって」紛争の種となってゆきます

今日の東アジアにおいて中国がこれだけ圧倒的な存在となった、直接的な地政学的な原因は「ソ連の崩壊」です

「ソ連が崩壊」したことによって中国も安心して東アジアにおいて、外交的には「日本を悪者にしながら」自国の経済成長に集中することができたのです

ソ連崩壊の教訓は、あまりにもロシアを弱くしすぎると、ユーラシアの周縁地域、すなわち「リムランド」が不安定化してしまうということです

米ソ冷戦時代に国際政治が世界的に「恐いほど安定していた」のは、結局のところ「ソ連がドスの効いた睨みをユーラシア中に張り巡らせることの結果」だったのです

ソ連のドスの効いた睨みがあったために、ユーラシアの問題児たち(その最も典型的な国は中国ですが)が「ガマン」していたのです

ソ連の存在が一つの要因となって潜在的な問題児たちが黙っていたため、全体としては非常に平和な状態が続いたのだと思います

続きます
続きです

第二次世界大戦後のアメリカの西ヨーロッパに対する「マーシャルプラン」を中心とする「戦後復興計画」はソ連にとっては「自国に対する敵対的な挑戦」に思えたのです

ヨーロッパやソ連の政治家はドイツの東西で異なる通貨を用いてドイツを二つに分割することに対して反対していました

ソ連の場合、第二次世界大戦によって最も多くの死者を出した国であり、大戦による疲弊をドイツからの賠償によって解決しようと考えていました

そこでソ連に賠償を行えるほどの経済力や工業力を持っている都市はドイツ西部に分布しているため、ソ連はドイツの東西分裂を望んでいなかったのです

ヨーロッパの政治家たちも、ドイツが東西に分裂することはヨーロッパが分裂することであり、一度分裂したヨーロッパは二度と均質性や一体感を取り戻せないかもしれないということを恐れていました

現在ユーロの問題でヨーロッパが割れていますが、ヨーロッパの格差というと「優秀な北ヨーロッパと怠惰な南ヨーロッパ」というように南北格差ばかりが騒がれますが、潜在的に最も根深いヨーロッパの格差は「東西格差」であり、ヨーロッパはこの格差をもしかしたら二度と克服できないかもしれないのです

このことは米ソ冷戦の最も残念な「遺産」なのです

アメリカはヨーロッパの戦後復興には「経済的に復活したドイツの存在」が必要だと考えていました

ドイツの工業力はヨーロッパの中でもずば抜けており、西ヨーロッパにおいて「アメリカが望むような」戦後秩序を構築するために、「ドイツ」というよりも「西ドイツ」の存在が必要とされたのです

アメリカはドイツの中でも比較的生産性の高い地域である西ドイツを西ヨーロッパの戦後秩序のために利用しようと考え、ドイツの東側に関してはそれほど重きをおいていなかったのです

こうして、ドイツの東西分裂を望まないソ連とそうでもないアメリカとの間に徐々に確執が生まれてくるのです

アメリカは自由貿易に代表される「オープンな経済体制」と「自由主義的なイデオロギー」などの「非領土的な利益」を求めて西ヨーロッパに戦後秩序を構築したのです

オープンな経済体制と自由主義的なイデオロギー(そして民主主義的な政治制度)を「力づくで」広めてゆくというのが、アメリカ外交の一つの側面です

そして「領土に基づかない利益」なるものが存在するということこそが、アメリカ外交の一つの独特さというか「怖さ」なのです