今日は日本で最も有名なデフレ脱却論者の一人である三橋貴明さんのブログからの引用です
この人はこのブログで何回か書いた「チャンネル桜」という報道局の番組にも常に登場してるので、なかなか注目なのです
それでその人は「新世紀のビッグブラザーへ」という経済ブログの作者なのですが、そのブログではデフレ脱却をどうしたら実現できるかについて書かれてるので、このブログでも何度か引用してます
また新自由主義の危険性や「経世済民」思想の必要性についてもビッグブラザーからは多くのことを学べます
特にマスコミの報道が大ウソだということもその人のブログを読んだり、チャンネル桜を見たりしてはじめて知りました
ビッグブラザーにチャンネル桜の討論でのことが書かれていたのですが、その討論について、このブログでもピックアップして書いたことがあったので、注目して引用してみました~
ちょっと長めに引用します
消費税増税の前提となるのは、増税法の景気条項にあるように「経済状況の好転」である。その意味するところは、設備投資が伸び、生産の増加から失業率や所得の改善に波及して自律的な景気回復軌道に乗ることだ。個人消費が良かったのは株高による資産効果で高額品が売れたからであり、国民の幅広くに消費の改善がみられたわけではない。
今回のGDP速報からは、とてもデフレ脱却とはいえず、増税を急げば景気の腰折れにつながる恐れは強い。財務省や増税断行派は、消費税増税を先送りすれば政府が財政再建に消極的とみられ、財政への不信から国債が暴落(長期金利は暴騰)すると主張するが本当だろうか。「不況時に増税して成功した前例はない」といわれるように、デフレ下で増税しても税収増は見込めないのである。
増税することが自己目的化した財務省の論理では、経済再生はかなわず財政再建も実現しない。
財政赤字に二種類あるのは経済学の基本である。すなわち不況時に税収減や失業手当の増加などによって生まれる「循環的財政赤字」と、景気が良くなってもなくならない「構造的財政赤字」だ。ここ数年の財政赤字の多くは前者、つまりサブプライム危機など世界不況によるものである。
経済を回復させれば税収が戻り、財政赤字も縮小する。だからデフレ脱却を優先して、まず循環的財政赤字を解消する。増税などの構造対策に着手するのは、その後である。』
引用続きます
第二次世界大戦から学べる教訓があるとすればそれは何か?
①過剰な拡大政策は国を滅ぼす
これは大日本帝国だけでなく、ナチスドイツやソ連帝国や、最近ではアメリカ帝国などが、この「過剰拡大」によって崩壊しました
しかも自国の領土が拡大すると、その大きな領土をどうやって守るか?という新たな問題が発生するため、負担が大きくなるのです
②他国への「奉仕」は国を滅ぼす
日本国民の「血税」によって朝鮮人や満州人やモンゴル人や中国人を守ってやろうという考え自体が、そもそも最悪の考え方だと思います
日本の官民上げての「援助」や「投資」によって朝鮮や満州や中国は得したでしょうが、そのしわ寄せは「自国民」に押し付けられるわけです
コストの割にメリットの少なすぎた「あの朝鮮併合」は一体「誰のための」政策だったんでしょうかね~
少なくとも日本国民のための政策には見えないです
大日本帝国は「大陸」に対して、第二次世界大戦を何度も戦えるほどの「予算」を浪費してしまったため、後の戦争で敗北します
大日本帝国は、表面的には第二次世界大戦によって滅ぼされたように見えても、実際には、それ以前に「自分で自分を滅ぼしていた」のです
日本はどちらかと言えば第二次大戦というよりも、むしろ朝鮮併合や満州事変や日中戦争によって滅びたのではないかと思います
③結局「脱亜論」は正しかった
日本は「アジア」ではないし、日本は日本に他ならないのです
大日本帝国がもしも潔く「アジアを見捨てていれば」、たった一度戦争に負けただけで、日本文化がここまで滅ぼされることもなかっただろうに…
自国を犠牲にしてまで助ける価値のある他国など存在しません
「欧米の植民地主義からアジアを日本が救わなければならない」などという下らない「強迫観念」に支配されて、朝鮮・満蒙・中国大陸に関する政策が作られていたのだと思います
日本政府が軍事力を行使してまで守らなければならない存在は、唯一「日本国家」だけでありましょう
「文明の衝突」で有名なサミュエル・ハンティントンによれば、日本は「たった1国で」自国の文明を築いた唯一の国だそうです
日本は文明的にも「アジアではない」のです
日本には「遣唐使を廃止」してアジアから離脱した偉大な歴史があります
日本には「鎖国政策」によって自国の独立を守った素晴らしい歴史があります
脱亜論を学校の教科書にしてほしいくらいです
①過剰な拡大政策は国を滅ぼす
これは大日本帝国だけでなく、ナチスドイツやソ連帝国や、最近ではアメリカ帝国などが、この「過剰拡大」によって崩壊しました
しかも自国の領土が拡大すると、その大きな領土をどうやって守るか?という新たな問題が発生するため、負担が大きくなるのです
②他国への「奉仕」は国を滅ぼす
日本国民の「血税」によって朝鮮人や満州人やモンゴル人や中国人を守ってやろうという考え自体が、そもそも最悪の考え方だと思います
日本の官民上げての「援助」や「投資」によって朝鮮や満州や中国は得したでしょうが、そのしわ寄せは「自国民」に押し付けられるわけです
コストの割にメリットの少なすぎた「あの朝鮮併合」は一体「誰のための」政策だったんでしょうかね~
少なくとも日本国民のための政策には見えないです
大日本帝国は「大陸」に対して、第二次世界大戦を何度も戦えるほどの「予算」を浪費してしまったため、後の戦争で敗北します
大日本帝国は、表面的には第二次世界大戦によって滅ぼされたように見えても、実際には、それ以前に「自分で自分を滅ぼしていた」のです
日本はどちらかと言えば第二次大戦というよりも、むしろ朝鮮併合や満州事変や日中戦争によって滅びたのではないかと思います
③結局「脱亜論」は正しかった
日本は「アジア」ではないし、日本は日本に他ならないのです
大日本帝国がもしも潔く「アジアを見捨てていれば」、たった一度戦争に負けただけで、日本文化がここまで滅ぼされることもなかっただろうに…
自国を犠牲にしてまで助ける価値のある他国など存在しません
「欧米の植民地主義からアジアを日本が救わなければならない」などという下らない「強迫観念」に支配されて、朝鮮・満蒙・中国大陸に関する政策が作られていたのだと思います
日本政府が軍事力を行使してまで守らなければならない存在は、唯一「日本国家」だけでありましょう
「文明の衝突」で有名なサミュエル・ハンティントンによれば、日本は「たった1国で」自国の文明を築いた唯一の国だそうです
日本は文明的にも「アジアではない」のです
日本には「遣唐使を廃止」してアジアから離脱した偉大な歴史があります
日本には「鎖国政策」によって自国の独立を守った素晴らしい歴史があります
脱亜論を学校の教科書にしてほしいくらいです
第二次世界大戦について最も注目すべき点は、「グローバリズムに対する闘い」でもあったという点であり、日清・日露戦争以上に評価できる戦争です
「戦争目的の適切さ」という観点から見れば、明治以降に日本が戦った戦争の中では、この第二次世界大戦こそが「最も自衛的な戦争」ではないでしょうか?
ただ1945年に日本がギブアップしてしまったのは残念なことでした
あと1年でも2年でもがんばっていれば、日本の「戦後」は今とはまた違ったものになっていたかもしれません
第二次世界大戦は結果こそ惨憺たるものになりましたが、戦争理由からすれば、日本が参戦したことは「自然な」ことのように思います
それに比べると「朝鮮併合」や「シベリア出兵」や「満州事変」や「日中戦争」などは、政策の「不自然さ」が拭えません
これらの動きの背景にある思想は、第二次世界大戦とは逆に、グローバリズムや「大アジア主義」のようなリージョナリズムに対する迎合だったと思います
つまり日本の戦争の中でも第二次世界大戦はちょっと他の戦争とは「性質」が違う真剣な戦争だったと言えないこともないかもしれません
第二次世界大戦について言えば、明治以降の日本の戦争としては、珍しく「自衛性の高い戦争」だったと思います
朝鮮併合や満州・中国大陸への不必要な介入やシベリア出兵などによって、第二次世界大戦を何度も戦えるほどの「予算」を浪費した日本はその後、やはり本来の力を出せずに敗北してしまいます
1910年以降の「自滅的」な政策が抑制されていれば、日本の運命も少しは変わっていたでしょう
戦後秩序も少しは違っていたでしょう
しかしそれでもなお、1910年以降の日本のそのような政策がどれだけ「自国の国益を損ねた」ものであったとしても、道徳的に「悪」であったとは言い切れません
なぜなら当時の大国はみんな多かれ少なかれ、植民地を持ち、帝国主義的な拡大政策を「国是」としていたからです
それはともかく、日本の朝鮮統治や満州統治のときには、朝鮮人や満州人を「共産主義の脅威」から守るためという「わけのわからない目的」のために日本国民の「血税」が費やされたのです
はっきり言って、朝鮮や満州が日本の植民地だったのではなく、実は日本の方が朝鮮や満州のための「逆植民地」だったんじゃないかとすら思えてきます
日本を滅ぼした戦争は第二次世界大戦ではなくむしろ、日中戦争や満州事変の方では?
「戦争目的の適切さ」という観点から見れば、明治以降に日本が戦った戦争の中では、この第二次世界大戦こそが「最も自衛的な戦争」ではないでしょうか?
ただ1945年に日本がギブアップしてしまったのは残念なことでした
あと1年でも2年でもがんばっていれば、日本の「戦後」は今とはまた違ったものになっていたかもしれません
第二次世界大戦は結果こそ惨憺たるものになりましたが、戦争理由からすれば、日本が参戦したことは「自然な」ことのように思います
それに比べると「朝鮮併合」や「シベリア出兵」や「満州事変」や「日中戦争」などは、政策の「不自然さ」が拭えません
これらの動きの背景にある思想は、第二次世界大戦とは逆に、グローバリズムや「大アジア主義」のようなリージョナリズムに対する迎合だったと思います
つまり日本の戦争の中でも第二次世界大戦はちょっと他の戦争とは「性質」が違う真剣な戦争だったと言えないこともないかもしれません
第二次世界大戦について言えば、明治以降の日本の戦争としては、珍しく「自衛性の高い戦争」だったと思います
朝鮮併合や満州・中国大陸への不必要な介入やシベリア出兵などによって、第二次世界大戦を何度も戦えるほどの「予算」を浪費した日本はその後、やはり本来の力を出せずに敗北してしまいます
1910年以降の「自滅的」な政策が抑制されていれば、日本の運命も少しは変わっていたでしょう
戦後秩序も少しは違っていたでしょう
しかしそれでもなお、1910年以降の日本のそのような政策がどれだけ「自国の国益を損ねた」ものであったとしても、道徳的に「悪」であったとは言い切れません
なぜなら当時の大国はみんな多かれ少なかれ、植民地を持ち、帝国主義的な拡大政策を「国是」としていたからです
それはともかく、日本の朝鮮統治や満州統治のときには、朝鮮人や満州人を「共産主義の脅威」から守るためという「わけのわからない目的」のために日本国民の「血税」が費やされたのです
はっきり言って、朝鮮や満州が日本の植民地だったのではなく、実は日本の方が朝鮮や満州のための「逆植民地」だったんじゃないかとすら思えてきます
日本を滅ぼした戦争は第二次世界大戦ではなくむしろ、日中戦争や満州事変の方では?