私たちはみんな
「人を愛する為に生まれてきた」と私は本気で思ってる。
だけど、なぜかその1番大切なはずの人生のテーマを、
いつも忘れてしまう。
気がつけば日々の生活に追われ、衣食住を満たす為に働いてたはずなのに、
仕事の合間に食べるランチは、酷くおざなりになっていたりする。
洋服が好きだったから、洋服に関わる仕事がしたかった。
販売のエキスパートになりたかった訳じゃない。
でもいつの間にか隣の誰かと売り上げを競っていたりする。
お金を稼がなきゃと焦るうちに、
洋服が好きなのかどうかさえ、分からなくなっていった。
そんなことを繰り返しているうちにこんな歳になったけど、
私たちのすごい所って本当に大切なことを見失っているとはいえ、
完全に忘れることができない所かもしれない。
忘れたまま人生を終了することなんて出来ない。
そんなことは星が許してくれない。
忘れていたり、もしくは忘れたふりをして生きていれば、
必ず「あれ?」と思う事がある。
ふっと考えが過ぎるだけかもしれないし、何か事件が起きて初めて違和感に気がつくのかもしれない。
でもその違和感は大抵自分にしか分からない。
自分でさえも見過ごしてしまうかもしれない、小さな小さなカケラの様なものだと思う。
その違和感の中にいると、なんだかソワソワする。
大切なものが見つかったのに無視しているから。
でも人に話しても笑われるか、バカにされるか、流されるかのどれかだ。
だから余計に気がつくことが出来ない。
あ、やっぱり気のせいか、恥ずかしい。私ってバカだな。
そんな風にせっかく開きかけた心を閉じてしまう。
もし今気になる人がいて、あなたが「この人との間には特別な何かがある!」
と感じたなら、その感覚は99%合っている。
運命の相手だとか、その人結婚する!とかそんなのは分からない。
その人との間にあるものが「良いもの」とも限らない。
でもあなたが何かを感じたなら、必ず「何か」はあるのだ。
相手も同じ様に感じている保証はない。
でも「もしかしたら」相手も同じ気持ちかもしれない、そう思う事が大切だと思う。
そして、その「もしかして」を知る唯一でただ一つの方法。
それこそが『占い』だ。
なぜただ一つなのか。
それは相手の気持ちは、例え本人に聞いても分からない事があるからだ。
本人に気持ちを聞いたところで、
「いや君には何も感じないよ、俺彼女居るし」ってなったりする。
本人さえ自分の本当の気持ちなど分からない。
でも占いでは、分かる。
特にタロットカード。
彼が今何を思っているか、カードがはっきりと教えてくれる。
なんで分かるの?
というくらい全て丸裸にしてくれる。
だから自分を信じたい時、信じる心が折れそうな時、私は占いに行く。
信じるか信じないかはもちろん自分次第だけど、
どんな些細な人からしたらくだらない事でも、それに対して占いは真剣に向き合ってくれる。
信じたいものを信じていいよ、と背中を押してくれるんだ。