(ルフトハンザとの交流)
先般、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害され、イランもホルムズ海峡を封鎖する対抗措置を取ったが、その後もアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃が継続され、情勢の見通しが全くつかない状況にある。今や問題国となっているイランだが、イランといえば、30年前に東京でイラン航空と卓球の友好交流をしたことを思い出す。
1980~2001年まで22回にわたって、WOFIA(Wings Of Friendship Inter-Airlines)という航空会社(約15社)間の友好卓球大会が世界各地で開催されていたが、それとは別に、バイラテラルな個別の会社との親善試合を4回ほど経験したことがある。3回は東京において、1回は中国(北京・杭州・上海 1983年)においてである。その東京での1回がイラン航空とである。東京での3回の親善試合の思い出は下記の通りである。
1 カンタス航空 1977年
入社して7年、東京勤務になってから3年しか経っていない時期であったが、羽田にて親善試合の機会を得た。試合のことはあまり覚えていないが、試合後、近くの会社のラウンジ施設での懇親会で親しく交流したことはよく覚えている。メンバー間の会話を円滑に行うため、英語のできる友達にお手伝いしてもらった。
2 ルフトハンザ航空 1983年
1983年4月に東京で開催された第37回世界卓球を観戦するために、ルフトハンザのフランクフルト卓球チームの6名が来日したが、ルフトハンザ日本支社の広報から親善試合の申し入れがあり、5月7日に実現したものである。羽田で30人を超える仲間が集まり、親善試合を行った後、新宿で懇親会を行ったと記憶する。たまたま2年後に、自分自身がフランクフルトに転勤になり、その時の来日メンバーのリーダーの紹介により、同じクラブチームに所属し、4年間も一緒に卓球を楽しむことになったのは不思議な縁であった。彼は、今ハンガリーに住んでいるが、今でも交友が続いている。また、その時の日本支社の広報担当者ともその後もいろいろ縁があり、交友が続いている。
3 イラン航空 1996年
イラン航空日本支社のメンバーから親善試合の申し出があり、イランの首都テヘランから何人かのメンバーが来日し、1996年に親善試合が実現した。イランというと今では、問題の多い国というイメージが強いが、その当時は、友好国という印象でイラン航空も普通に日本に乗り入れていたので、残念な思いである。2011年11月以降、成田-テヘラン線が運休したまま現在に至っているようである。親善試合後は、彼らが手配した都内にあるイランレストランで懇親会を行ったが、アルコールのない懇親会は初めての経験であった。次回は、是非テヘランに来てほしいと要望があったが、政治情勢もあり、残念ながら、実現することはなかった。トランプ大統領が正気を取り戻し、早く戦争が終結してくれることを祈るのみである。
