これ、先日のNHK日曜美術館を見てやっていることを知ったんですよね。作品の超ド級の重要度に比べて、やっぱなんとなく情報の出方が微妙というか、なんか全方位から伝わってこない感じがありますね。とはいえ、しかしさすがにこれは重要。行こうとしてバス停の名前見てもちょっとビビりますが・・・やっぱ見ておくべきでしょう。今度の次の日曜まで。
 
八王子・東京富士美術館         ~8/9(日)
 
注目を集める謎の《タヴォラ・ドーリア》を中心に、レオナルド・ダ・ヴィンチ《アンギアーリの戦い》に関する作品・資料を一堂に集めた初の企画展として、レオナルドが試みた視覚の革命を検証し、イタリア美術史上の一大エピソードである失われた壁画の謎と魅力に迫る、特別展。8/9(日)まで。
 
ま、なんといっても目玉はその「タヴォラ・ドーリア(ドーリア家の板絵)」なわけなんですが、この際ブツの名前はさておき、一番のポイントは「幻に終わったルネサンス二大巨匠の競演」、その最重要の証拠品――かも知れない――ものが見れる、ということですね。
 
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フィレンツェ:パラッツォ・ヴェッキオ
 
フィレンツェ政庁パラッツォ・ヴェッキオ「五百人広間」を舞台に繰り広げられたレオナルドとミケランジェロの世紀の競演(むしろ対決?)は、ルネサンス美術史のまさにハイライトで、この壮大なプランが結局失敗に終わったのは、単なる宮殿の壁面の問題を越えてルネサンス文化そのものの運命を暗示するようで、色々と象徴的。
なので・・・もちろんレオナルド側の「タヴォラ・ドーリア」も重要なんですが、ミケランジェロの「カッシーナの戦い」下絵の唯一の完全な模写であるアリストーティレ・ダ・サンガッロが同じフロアに出ていることが大切。こっちも来ていたとは知らなかったので驚いたですよ。あとこれが油彩であることにも驚いたんですが(初歩的)。下絵の模写だし、本でしか見たことなかったからてっきりデッサンだとばかり・・・
 
実際問題、帰属も確定していない「タヴォラ・ドーリア」が本当の本当に素晴らしい絵であるかどうかはちょっと微妙な気もするし、サンガッロの模写は明らかにいまいち。今回の展覧会というのは、「失われた絵画についての展覧会」なわけで、ですからこれからいらっしゃる方、冒頭のビデオをお見逃しなく。あの説明映像を参考に、ヴェッキオ宮の巨大な壁面に、レオナルドの狂気の死闘、ミケランジェロの肉体(筋肉w)の乱舞を思い描いてみる、ことが必要で、ま、つまり美術史ロマン展、の色が強い。実際、美術史上の一大ロマンなのは間違いない。
 
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五百人広間。レオナルドが着手したのは右側壁面とのこと。
 
・・・こんな話題の折に、話がミケラーニョロ・ブオナアッローティのことになった。きっかけになったのは、あの神にもまごうミケラーニョロの一枚の下絵を模写した私の画であった。ミケラーニョロがその驚くべき力のほどをはじめて世に示した見事な下絵のことであり、同じ題材を描くもうひとりの者、すなわちリオナルド・ダ・ヴィンチとの、競作であった。シニョリーア宮の会議の間に供するためで、ピーサの市がフィレンツェの軍勢によって攻め落とされた戦に題を採ったものであった。あの驚嘆すべきリオナルド・ダ・ヴィンチが選んだのは、軍旗の奪い合いをめぐる騎馬戦の場面で、なんとも神々しい出来ばえはおよそ想像を絶していた。かたやミケラーニョロ・ブオナアッローティがその下絵に表現したのは、季節は夏で歩兵の群れがアルノの流れに水浴びをしている場景であったが、今まさに戦いの火蓋が切られたことを画は表現し、裸の兵士たちが一斉に武具をとりに走るありさまがまことに見事な動作によって描かれ、かくも高い頂点に達した作品は古今を通じてまさに見出しがたかった。そしていま述べたように、あの偉大なるリオナルドのものもまことに見事な驚嘆すべき出来ばえであった。二枚の下絵は、一方がメーディチ家の宮殿に、もう一方が法王の間に、置かれた。そこに掲げてあったあいだ、二枚の絵はそれこそ世界の学堂であった。
「チェッリーニ自伝」、面白いですよね。芸術家の自伝、なのにピカレスク(笑)

さて・・・てことで、「タヴォラ・ドーリア」。
この作品が東京富士美術館からイタリア政府に寄贈された際には大統領府で特別展覧会が開かれ、初日にイタリア大統領がやってきたという騒ぎで、模写、それも未完成品の模写になんだってこの特別扱いなのかといえば、コレが実は模写ではなく、レオナルド自身による幻の下絵そのものなのでは、という期待感があるからなんですよね。だから、誰が筆写したか、あえて候補が挙げられていないのはその下心ゆえでありましょう(笑)。
 
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“タヴォラ・ドーリア(ドーリア家の板絵)”: 「アンギアーリの戦い」の軍旗争奪場面
 
実見してみて・・・意外と塗ったくった感が強い。レオナルドの絵でこういう「タッチ」を感じることは少ないので、やや違和感はありますね。未完作品でいうと、「東方三博士の礼拝」とか「聖ヒエロニムス」とか、塗り残し部分にはデッサンの線が残っていて、薄い感じの塗りと線描の同居が独特な雰囲気なんですけど、そういうのとも違う。
もっとも特にベタベタしてるのは地色の変な黄色の部分で、これは20世紀のまずい補修で塗られたものらしい。
らしさはある。らしくなさも、ある。しかし、そもそもレオナルドでこんなに動的な(凶暴なほどの)作品は他にないから、比較のしようもないんですよね。素人目には・・・混乱あるのみ(^^;
 
なにしろ人馬の壮絶な絡み合い、人物の憎しみに満ちた必死の表情とかも凄いんですが、一番怖いのは見開かれた馬の眼。と、思った。この凄絶な場面が巨大壁画として実現してたら・・・凄い見ものだったでしょうねえ。
 
 
 作者不詳: 「アンギアーリの戦い」の軍旗争奪場面
こちらは現パラッツォ・ヴェッキオ所蔵の16世紀の模写。私が前から知ってたのはこっちだった。これを(図録かなんかで)初めて見た時はけっこう感動しました。比較すると、確かにこっちはなにかマニエリスムっぽい冷ややかな硬質さがあり。あと馬の臀部の妙に幾何学的な球体感とか。ま、マニエリスム好きなんで、そこがいいんですが。・・・ええ、結構こっち好きなんですよね。
写した画家を「ブロンズィーノ周辺による」と見る読みは、その冷やかさ・硬質さをとらえて、ということですかね。
 
アリストーティレ・ダ・サンガッロ: 「カッシナの戦い」(ミケランジェロの下絵による模写)
 
対するミケランジェロの「カッシーナ」。こちらは昔からこの模写で(のみ)知られてるやつ。なんだか筋肉すげーな!と、やっぱり誰もが思うらしく、見る人見る人みんな同じこと言ってましたね(笑)。これ自体は別人の模写なので出来があれだし、ご本人のデッサンとかを見ると、まあずっと自然ではあるんですけど、レオナルドが批判したというのは、こういうことなんでしょうか。
これまた・・・巨大な壁画だったら凄いことなってたんでしょうねえ。2次元の巨大彫刻群が壁面に登場、みたいな感じでしょうかね。もっともミケランジェロはレオナルドと違って、実際に壁面に描き始めるところまでは行かなかったようですが。
 
しかし、チェッリーニが「世界の学堂」なんて言うほどに画家たちがこぞって模写したって話なのに、なんだって全体の模写で残ってるのがこれ一点きりなんですかね?レオナルドの方は今回出品されているものをはじめとして、なんだかんだで色々残っている(そしてそれらはおおよそ同一の絵になっている)のに不思議。この絵、ほんとにミケランジェロの下絵をそのまま写したものなんでしょうか?
 
 
えーと。他の話を始めると、長くなりそうなので、続きはまた改めて。会期末までにアップできるのか(笑)!?