「よぅ、久しぶりだなー」 俺はサングラスに近づくと、片手で挨拶した。

 同じくフィレオフィッシュを食べていた手を止めると、その手でサングラスを少し下ろす。

 黒い瞳。長い黒髪。思ったとおりだった。

「桐生さん、だろ?」

 その女、桐生は不思議そうな顔で、俺を見上げていた。

「えぇっと……」

 どうやら、俺のことを思い出せない様子である。仕方ないといえば仕方ない。

 だが、彼女のお供は覚えているようだった。

 ニャー。

 桐生のコートの胸元から、猫の声が聞こえた。まだ飼っているのか、そこで。俺はそんな思いをふけりながら、そこから顔出す白い子ネコを見つめた。

「……るーくんが覚えているらしいので、あなたは私の知り合いのようです」

 そして、彼女はわけのわからないことを口にした。

 俺は許可も取らずに隣の席に座った。猫が片手を出して俺に挨拶するので、それに答えながら、

「ほら、一年くらい前の。『君驕ることなかれ』で、あなたの蜜柑を一緒に拾った……」

「……あぁ、あのときの」

 やっと、思い出してくれたようだ。ある意味、奇跡的とすら言えるが。

 ちょうどよく頼んだものが来たので、俺は食事をご一緒させてもらうこととした。

「今は何をなさっているんですか?」

「……あの気違い監督の元で映画に出てる」

「ほぅほぅ。主演ですか?」

「忌々しいことにも、主演だよ」

「おぉー、すごいですねー! 感激です」

「いくつも主演を取っているあなたに言われると、皮肉にしか聞こえないよ」

 と、他愛も無い談笑にふける。

 さて、この桐生と言う女性と俺との関係だが、別に蜜柑が全てを語りつくせるほどの、短いものでもなかった。かといってアルバムに載せるほどの長く親密な関係と言うわけでもなく、ベッドが語るという変な関係でも無い。

 ではどんな関係なのか。

 簡単なことである。

「そういえば、その監督の、兄さんも出演しているとか聞いたんですけど」

 桐生さんは、俺のほうを向いて言ってきた。

「あぁ、出てるよ。超重力で次元をぶった切るお侍さん」

 あの実直生真面目なサムライのことである。

 そう、この桐生さんという娘っ子、あのサムライの妹だったりする。どう育てればあんな不器用な男と、この軽く天然の入っている少女とを育て分けられるのか、俺は甚だ不思議であるが、それでもあの二人は血がつながった兄弟なのだ。そしてこうして彼女と話していると、再びその事実が不思議に思えてくる。

 ふと、再び彼女の胸元に目を向けた。

 変わることなく、るーくんが俺を見つめた。

 おい、おまえの飼い主はどんな人生を送ってたんだ?




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