園長通信~こころ~ №341
おみくじ
2025.11.17
神社やお寺に行くと、必ずと言っていいほど見かけるものがある。その一つが、おみくじである。おみくじを引かない人間である。長い人生の中でも、わずか3回ほどしか引いたことがない。あまりにも少ないため覚えている。そのうちの2回は、この1年以内のことになる。
もともと、多くの人がやろうとすることには参加しない傾向がある。ひねくれ者なのであろう。おみくじに信憑性があるとは思っていないのも引かない理由である。多くの人が本気で信じているとも思えない。一種の楽しみのようなものなのかもしれない。
ところが、どうしたことだろうか。おみくじを引くに気になってきた。きっと、場所によるのである。昨年は、東京にある湯島天神でおみくじを引いた。今年は、太宰府天満宮だった。有名なところに来た。そうであれば、せっかくだから引いてみようか。そういった心境になったのかもしれない。 太宰府天満宮には、もう来ないかもしれない。最後かもしれないと思うと、おみくじにも手を出すことになる。さほどの期待もせずに引いてみた。結果はというと、何と大吉だった。驚いた。素直にうれしかった。こうなると、急におみくじを信じたくなるから不思議である。ずいぶんと都合がよい考えである。少なくてもわるい気はしない。
では、次もおみくじを引くかというと、たぶん引かない。なぜなら、大吉が出てしまっているからである。大吉よりも上はない。今度引いたら、大吉ではない可能性が十分にある。調べてみた。よりよい運勢を示す大大吉がある神社が存在する。気になる。大大吉を見てみたい。
吉凶の量の比率は、神社仏閣によって様々である。近年は、凶を減らしたり、なくすところもある。吉凶よりも、運勢の説明で何が語られているかが大切であるとされているらしい。おみくじに関する、ある調査結果がある。おみくじの信奉率である。おみくじを信じるかという質問に対して、信じると回答した率は、若年28%、壮年46%だった。やはり、多くの人は信じているわけではないのである。
大吉が出たのはいいが、そのおみくじをどうしたらいいものか。木に結び付けたりせずに持っていたい。そこで考えた。財布に入れることにした。お守りがわりのようなものである。そして、たまに読み返してみる。
太宰府天満宮の大吉だから、何かいいことがあるかもしれない。学問の神様である菅原道真公であれば、信じるに値するように思う。