園長通信~こころ~ №505
帰省 2026.9.4
今年のお盆も息子と娘が帰省してくれた。今までは、新幹線での帰福だった。それが、今年は車に変わった。2人の予定が合ったため、仲良く車で帰ってきた。さすがにお盆シーズンだけあって、通常ならば3時間半ほどのところを倍の時間をかけて帰ってくることになった。事故渋滞もあったらしい。
長らく家人が乗っていた車のオーナーが息子になった。息子に車を譲ったわけである。都会で車をもつのは容易なことではない。とりわけ月極駐車場代が高い。若者には、なかなかの痛手であろう。
それでも彼は大喜びである。大事に大事に乗っている。それはそうであろう。初めてのマイカーである。それまでのレンタカーやカーシェアとは違う。ずっと彼は、車を譲ってほしいという意志表示をしていた。それもいたって控えめに。決してしつこくはなく、何度も言っているわけでもない。それが功を奏したのだろうか。結局は、彼の思い通りに事が進むこととなった。
家人は、新しい車に乗っているわけだから、それはそれでいいはずである。ところが、話はそう簡単ではない。家人には、愛車への並々ならぬ愛着があった。もはや家人とその車は一体化していたと言っても過言ではない。家人には、その車のイメージが定着していた。それを手放したわけだから、未練がないわけがない。
確かに、新しい車に惹かれたのは事実である。愛車と新車とで葛藤があったのも確かである。決め手となった一因が、息子のつぶやき、いやささやきであったことは否定できない。だからといって、彼の作戦勝ちだとは思ってはいない。長きにわたり苦楽を共にしてきた愛車を譲り受け、大事に乗ってくれる人物が、我が息子なのだから、まあ良しとしよう。
2人は、帰りも仲良く車で都会へと戻っていった。さすがに渋滞には懲りたのか、早めに福島を後にした。意外とスイスイといったらしく、予定通り3時間あまりで無事に着くことができた。当分の間は、2人の予定が合えば、車で帰ってくることだろう。年に数回だが、愛着のある車に会えるのもわるくはない。
ただし、この車はイタリア車である。今まで苦楽を共にしてきた苦の部分がある。その苦も息子は引き継ぐことになる。今のところは調子がいいようだが、このままのわけがない。きっと、驚くような、だが笑ってしまうようなことが起きる。この車を譲り受けるとは、そういうことである。