園長通信~こころ~ №428
                        Tボーン                                                                                                    2026.4.9
                                                                               

 考えてみたことがある。今までで一番美味しかったものは何か。すぐには出てこない。しばらくすると、いくつか旅先のことが浮かんできた。その中から一番というものを決める。              

 イタリアにいたことがある。ローマに3年間、住んでいた。休みを利用して、イタリア国内を巡った。旅に出れば、食事をすることになる。これも、旅の楽しみの一つである。俄然、その土地の料理を食べたくなる。                                                                       

 何度かフィレンツェに行ったことがある。フィレンツェの料理といえば、まずは、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナである。フィレンツェ風Tボーンステーキのことである。骨付きのビーフステーキになる。切断面の骨がTの形をしていることから、Tボーンと呼ばれる。特徴として挙げられるのは、フィレとサーロインの両方を食べられることだろうか。                   

 フィレンツェでよく出されるのは、キアーナ牛というイタリアを代表する高級銘柄牛である。お店で注文すると、「これからこの肉を焼くよ」と店員さんが持ってきて見せてくれる。大きい。巨大である。まずは、その大きさに驚く。果たして食べられるのか。                              

 お肉が出てくるまでの前菜やパスタも美味しい。だが、ほどほどにしておかなければならない。メインのお肉が入らなくなってしまう。それでも、美味しいため、我慢できずに食べてしまう。総じて、イタリアでの食事は量が多い。日本人からすると、この量との戦いを避けることはできない。  

 お肉の塊が現れる。焼いても大きい。これを、お店の方が、手際よく切って取り分けてくれる。この様子を眺めるのも、料理の一部のようなものである。さらに、ナイフとフォークで食べやすい大きさに自分で切る。それを口に運ぶ。思わず「ボーノ!」と言ってしまう。ボーノとは、イタリア語で美味しいという意味である。お店の方も満足そうである。                                

 何が美味しいのか。お肉本来の味がする。和牛の霜降りも美味しいのだが、それとはまた違った美味しさである。肉を食べているという実感がある。なおかつ、フィレとサーロインを同時に味わうことができる。                                                                          

 どんどん食べてしまう。胃袋の残り容量は、少なくなっているにもかかわらず食べたくなる。いくら食べても飽きない。ソースなど必要ない。お肉の味だけで十分である。実は、Tボーンは、骨のまわりのお肉が特に美味しい。最後は、骨を手でつかみ、しゃぶるのがいい。                 

 Tボーンステーキは、なぜ美味しいのか。お肉本来の味はもとより、フィレンツェという場所、家族や仲間とみんなで食べる楽しさ、お店の雰囲気や店員さんのサービス、そして何より旅先というのが魅力なのであろう。                                                                   今までの旅のことを思い返してみる。すると、実際に見た遺跡や建造物、芸術作品、自然の造形などに加えて、その地で食べたお料理のことが出てくる。「ああ、あそこではあれを食べたなあ」と思い出すことができる。これは、その土地とお料理がセットになっているからだろう。その土地ならではのものを食べているからである。旅と食事、お料理は切っても切り離すことができない間柄なのである。旅には食事も含まれている。そう考えるべきである。お料理は、旅の中核をなす大事な存在なのである。            
 フィレンツェのTボーンステーキ、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナは、インパクトが強かった。印象に残る。だが、それだけではなく、味が伴っている。フィレンツェという街全体でTボーンを守り、変わらぬ味とホスピタリティで、提供し続けている。そこには、フィレンツェという街の矜持を見ることができる。