園長通信~こころ~ №382
重言はダメなのか
2026.1.30
頭痛が痛い。馬から落馬する。いずれも何か違和感をもつことだろう。このように、日本語には意味が重なっている「重言(じゅうげん)」と呼ばれる表現が数多く存在する。ちょっとした誤りとされがちである。だが、日常会話では自然に使われるものも多い。場合によっては、強調の役割を果たしていることもある。 そもそも重言とは、語の意味が部分的または完全に重なり、不必要な繰り返しになっている表現のことである。前掲の2つ以外にも、後で後悔する、断トツで一番、まだ未定などがある。これらは、さほどの抵抗もなく使われているのではなかろうか。 また、文脈上の意図を明確にするために許容されているものもある。必ず必要。これは、必要をさらに強めて絶対にというニュアンスを加えている。完全に一致する。一致をより明確にするための強い言い回しである。一番最初あるいは一番最後。重言ではあるものの、よく使われる慣用表現である。事前に予告する。予告を丁寧にはっきり伝えるための表現である。ただし、ビジネス文書や公的文書では、避けておくほうが無難である。
一方で、形は似ていても重言ではない表現もある。例えば、動物が動く。歌を歌うなどである。びっくり仰天、むやみやたら、好き好んでなどは、意味の重複が語呂のよさを伴うことから敢えて用いられている。
これらはどうであろう。満天の星空、学校へ登校する、電車に乗車する、アメリカへ渡米、訃報のおしらせ、犯罪を犯す、元旦の朝、射程距離、愚かな愚行などである。まだある。最もベスト、最後の切り札、まだ時期尚早、いまだに未解決、今の現状、今現在、炎天下の下、店に来店する、すべて一任する、伝言を伝える、過半数を超える、発売を開始、募金を募る、貯金を貯める、お金を入金する、被害を被る、違和感を感じる、思いがけないハプニング、返事を返す、はっきりと断言する、学問を学ぶ、教養を養う、火を点火する、原稿を寄稿する、菌を殺菌する、鍵を施錠する、後を追跡する、各世帯ごとに、○○の立場に立って考える、お中元のギフト、余分な贅肉、自ら墓穴を掘る、連日暑い日が続く、下り坂をくだる、右に右折する、互いに切磋琢磨し合う、そもそもの発端は、専ら専念する、留守を守るなど、枚挙にいとまがない。
こうなってくると、日本語はむずかしいとなる。世の中には、正しくはない日本語が氾濫している。それでも、意味は通じるし、さほど困ることもない。もはや、正しい日本語を使うほうが至難の業と言えるかもしれない。ちなみに、寝言を言う、旅行へ行く、着物を着るなどは誤りではない。果たして、重言はダメなのか。そうでもないようである。
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