『主に望みを置く人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱る事なく、歩いても疲れない。』
イザヤ40:31(新共同訳)
主に望みを置く人は鷲のように翼を張る。
”翼を張る”とあるけど、それはもちろん風を受けるためです。
翼の状態には三段階あるように思います。
一つは翼を閉じてる状態。
一つは翼を広げてる状態。
一つは羽ばたいてる状態。
閉じてたら、もちろん風を受ける事はありません。
羽ばたいてたら、自分の力で飛んでる状態です。
自分の力は走れば弱り、歩いては疲れます。
そして人間の肉の性質はこの二つです。
閉じるか、自分の力で飛ぶか、です。
”待ち望む”とは神さまを信頼する事です。
人はすぐに自分の心の状態を信頼し、自分の心の状態に委ねます。
悪い状態の時は翼を閉じ、良い状態の時は自分で飛ぶのです。
それは主を信頼しなくてもできてしまいます。
僕らは”主に信頼する”、”待つ”、”待ち望む”、”委ねる”という事を体験しなければわかりません。
「とは言っても、やらないとどうにもならんじゃないか」というのが人間です。
人間の肉です。
翼を張るというのは、神様に心を開く事です。
僕らは1時間祈りながら、心を閉じ続ける事ができます。
1時間祈り続けて、心を閉じ続ける事ができるのです!
だけど心を開くマニュアルもないし、人に言われてできる事でもありません(もちろんヒントぐらいにはなりますが)。
それは実際に自分で体験するしかないのです。
何度も失敗しながら、体験するしかないのです。
これは一番難しく、わかれば一番簡単です。
”主に信頼する”事は人間の肉のリストにはないからです。
御霊に明け渡した時にしかできないのです。