いけにえ | ミチトーク

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ミカ6:8
「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」


私は何をもって主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか?
全焼のいけにえ、一歳の子牛をもって御前に進み行ったらいいんじゃない?
それとも主は、幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるかな。
いや、もっと、私の犯したそむきの罪のために、私の長子をささげるべきかもしれない。
私のたましいの罪のために、私に生まれた子をささげればいいんじゃないだろうか。(←前の6,7節)

すると主が告げられた。

ただ公義を行うこと。
誠実を愛すること。
へりくだって
神と共に歩むこと。

ホセア書には「わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。」とあり、
マタイではそこを「『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』ということがどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。」と引用している。

・公義を行う=えこひいきせず、だれに対しても公平で、親切であること(LB訳)
・あわれみ
・罪のない人を罪に定めない

これらは神に対しては当てはまらない言葉だ。
だから「神に対して」の誠実、へりくだりという意味だけでなく、「人に対して」でもあることが分かる。
隣人への態度で、神様への誠実、へりくだり、神と共に歩んでいるかが測れるとも言える。

やはり、
「心を尽くして神を愛すること」と、「心を尽くして隣人を愛すること」が、神の求めておられることで、それが「最上のいけにえ」なんだね。自己満足でない、主に喜ばれるいけにえをささげたいです。



わかさ