こんばんは、ロル子です。
今日は風が強かったですね~。
傘をさしたら折れちゃいました。
ちょうど新しい可愛い傘がほしかったので、
またリサーチしようと週末が楽しみです。
今日は、「失敗ばかりロル子の四半世紀 人生物語」
高校生編③です!
進学クラスに進んだロル子の未来は、バラ色!!
だと思いきや、
一人ぼっちの一日に耐え切れず登校拒否!!
今まで周りにワンサカいた友達。
それが急に一人て、ビックリしてショックを受けて
学校に行けなくなってしまいました。
6月半ばまで、登校拒否したロル子。
高校は義務教育じゃないので、
「これ以上は、留年になります」
と、先生が再々、わざわざ遠いのに家に来てくれ、
親に忠告してくれたのですが、
あの孤独が恐怖になって、結局学校に行けないまま。
まさか、進学クラスに行って、馬鹿脱却するぞ!!
という見栄張り向上心が、登校拒否に繋がるなんて、
思いもよりませんでした。
親は、中学生の時に比べて、
すごく優しかったです。
「今まで、こんなゆっくりロル子と過ごす事なかった」
とまで言ってくれ、一度たりとも
「学校に行け」とは言いませんでした。
ですが、未来への不安は常にありました。
このままどうなるんだろう…?
留年なんて絶対嫌(見え張りロル子)
通信制って高いって聞くし…。
と、すごく不安になったその時。
中学生になった弟が、恐喝めいた事を友達に言われ、
「もう学校行きたくない!!」と言いだしました。
彼は、部活でも先生や友達から蔑ろに扱われ、
選手ではなく、マネージャーにされたりと、
色々彼も辛い思いをしていたようです。
当時の弟の場合、うそつきで自己中なので、
その扱いになるのがロル子も分かっていて、
何度も説教したのに聞いてくれませんでしたが、
今になって、彼も当時の自分が自己中で
除け者にされて当然だと納得していました。
時の流れって本当に偉大。
これ、絶好のチャンスじゃない?
ロル子、ひらめいて
親にお願いをしました。
「県外に引っ越したい」
多分、親も自分のせいで二度も転校を繰り返させ、
それがマイナスになっているので、
それを鑑みての決断をしてくれたのだと思います。
わりとアッサリOKをくれました。
編入試験を私は二度受けました。
というのも、引っ越した県の公立高校入試形態が、
総合選抜(学校群制度・合同選抜)方式を取っていたので、
住居地で、ほぼ入れる高校が決まってたんですね。
で、引っ越しの予定先の校区が
市内で一番頭いい学校でした。
当然、落ちる(笑)
引っ越し予定先は、市境だったので、
引っ越し先を変更し、
隣の市の学校が最後のチャンスでした。
これ落ちたら、大人しく通信制。
数学は数Aを一年の時に習ってなかったので、
半分ダメ元でした。
そして、面接の時。
何故か、私「編入試験は何度目ですか?」という問いに
「一回目です」と言っちゃったんですね。
二回、尋ねられたんですが、市内は初めてだから一回目!!と
いつもならあり得ない意固地さを発揮し、
終わった…。
と思ったのですが、結果、合格をいただけました。
(後で聞いた話、先生方も、
何でああ言ったのかと合否会議でもめたそう笑)
でも、合格できたのは、前の学校の先生が、
私のいい所を事前に沢山言ってくれてたみたいでした。
クラスの中心で、周りをよく見てくれた。
安心して仕事を任せられた。
勉強に熱心で、向上心が高い生徒だ。
そんな風に言ってくれてたそうです。
ちょいちょいサボっていたけど、
本当に優等生してて、たまに面倒だな~と思ったけど、
ぼっちの子と仲良くして輪に入れたこと。
全部、自分に返って来た。と実感しました。
この件は、高校生編②でも言った通り、
人に迷惑かけて
我儘ばかりしたと申し訳なく思っています。
そんなこんなで、三度目の転校。
隣に誰かが居てくれる幸せ、
いつだって忘れちゃいけないな~。
と、二度目の登校拒否で学んだのでした。
賢いひとも、愚かなひともそれなりに、
優しいひとも、意地悪なひともそれなりに、
それぞれ、色んな人が居てくれるから、
人の優しさに触れたとき、その優しさに感謝できる。
そんな当たり前のことを、すっかり忘れて、
自分の気遣いや計算尽くしの優しさに溺れきっていた私に
思い出させてくれた出来事でした。
本当に勉強になりました。
けれど、本当の本当に黒歴史!!
悲しくてショックを受けてトラウマになった過去の私の傷も
もちろん覚えているし、仕方ないな~と許せますが、
未だに、この時の私の肩を引っ掴んで、
「おい~!!!」と、ガクガク揺さぶって張り手しちゃいたくなります!
次回からは大学生・社会人編です!
今は、もうボッチ最高!!な
ロル子でした。
おやすみなさい。