![]() | 中原の虹 第一巻 (2006/09/25) 浅田 次郎 商品詳細を見る |
全4巻読了。
とびとびで読み継いだので、半年くらいかかった。
過去のレビューで★5つをつけた「蒼穹の昴」の続編。
張作霖、張学良、西太后、溥儀、袁世凱、趙爾巽、徐世昌、孫文、宋教仁といった歴史上の人物を軸にすえ、さらに架空の登場人物を次々に登場させる。非常に多くの人物が登場し複雑に絡み合う長編群像劇である。
前作の「蒼穹の昴」は、物語のダイナミズムに主眼が置かれた純エンターテイメント作品であったが、「中原の虹」はこれとは少し違う。物語のダイナミズムはない、と言ってもいい。最初から最後まで、張作霖はヤクザの親分だったし、袁世凱は俗物だった。物語が大きく動いたのは、唯一、西太后の死の場面だけである。では、物語のダイナミズムを犠牲にして、この作品がかち得たものは何か?
それは、ひとつは、巧妙に、複雑に、少しずつ動いていく物語のディテールの凄まじい精度であり、もうひとつは、高度な文学性である。前者について。そもそも登場人物の数が異常に多い中、さらに実在の人物と架空の人物とを複雑に絡めつつ、誰をも無駄にしないという、この構成力は圧倒的である。ひとりひとりの人物が考え、動き、それが歴史になる瞬間を、事細かに描く。職業作家としてのプロの仕事である。後者について。もともと浅田次郎は娯楽作家の部類に入ってはいるが、どうやら本人の嗜好は純文学にあるらしい。「中原の虹」は百三の編からなるが、これらのどれもが、完結するひとつの短編小説のようである。現代の純文学を見捨てた永遠の文学少年の、これが信じる「文学」の表現なのであろう。現代の文学は、娯楽作品としてしか成り立ちえないのだという咆哮である。
おそらく、これは作者にとって、ものすごく挑戦的な作品だったのではないだろうか。「物語」が好きな自分としては少々拍子抜けしたのも本音だが、間違いなく、作者の本気と対峙できる作品である。
