Rollingcatのブログ
仁和寺にて、桜まみれになり。

わたしが生まれた日と、
それからの数日のことを、
母は今でも昨日のように語り、
それはそれは、
桜まみれ、花まみれの、
美しい春だったとな。

桜にまみれ、花にまみれると、
まるで生まれたときのような、
まっさらな気持ちになるのは、
偶然ではないのかもしれない。

やさしい気持ちになるのは、
偶然ではないのかもしれない。

後天的ではなく、
先天的に、
わたしに埋め込まれた花のセンサーが、
少しずつ、
凝り固まった、モノたちを、
溶かして行くように。

わたしにとっての、セラピー!

それは、
もしかすると、
あの春の記憶に、戻ること?
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今日は、なんとなく、
ゆっくり出社。

週末に養った鋭気を、
出し惜しみしつつ。

神戸に来て2年になるけれど、
「京都」行の表示を見るたびに、
旅…或いは、お散歩というのでしょうか、
ゆっくりとした、
出掛けたい熱が、
湧いてきます。

特に、こんなに心地よい
春の日には。

降りずに、行ってしまおうか…。
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桜のアーチの下を歩くと、
妙に音が、しん、と静まり、
無音だと、
感じる。

さわさわと、風の音さえ、
そこにはなく。

まるで、
さくら色に染まった風景に、
聴覚までも、
色覚に、変換されているような、
そんな気持ちが、します。

幻想的とは、
まさにこういうことを、
言うのでしょう。

雑音がないときの、
わたしの心は、
なんと穏やかな、
ことでしょう!