今日は臨時でヴァイオリンのお稽古で、
いつも全然練習できてないから、
一曲目は散々ぱら、ぎーこがーこやるのですが、
弾き終えて、先生に、
「昨日の、教会の音楽の雰囲気が、出てるんじゃない?」
と、言われて。

そうかも、
自分でもそうかもしれない、
と思った。

音の重みと
舞うような軽やかさ。

もちろん
音程がずれてたり
相変わらずぎーこがーこ
全然下手っぴではあるが、
その音楽に、新しい空気が、
注入されたのである。

これは、
なんか新鮮な、体験!

もっともっと、
空気を吸い込んで、
行こうと思った。

そしてきっと、
例えば今回の音楽は、単に分かりやすかったというだけで、
毎日無意識に
わたしたちは
いろんな空気を吸い込んで
ポジティブもネガティブも
気づかぬところで、
反映されているのかもしれないと
思った。
雨が降ったり、止んだり、
晴れたり、曇ったり、
不可解すぎて、どうでもよくなるようなお天気でしたが、
それに足るくらいの、
不可思議な一日を、過ごされましたでしょうか?

わたしは、
十二分に不思議で魅力的な
音楽の午後を過ごしました。

「シャコンヌ」
なる音楽を、聴きに。

ルーテル教会が会場だったのですが、
はじめに牧師さんが、
「マルティン・ルター自身も音楽家であって、
当教会は、音楽と大変つながりが深いんですよ」
と言ったところから、
わたしのトリップが始まったのです。

・・・マルティン・ルター・・・

恥ずかしながら、その名前聞いたの、大学受験以来なんですけど!!

しかし、
骨の髄に染み入るような、
バロックヴァイオリンやリュート(初めて本物を見ましたけれど、
弦の数が半端なくて、数えるのに必死・・・16弦バージョン?)、
リコーダーやソプラノ。

16世紀~17世紀に流行したという、
低音が主となって、同様の和音が、幾度も幾度も繰り返し、
織りなされていく音楽。

「これがシャコンヌ」として、意識して聞いたのは、初めてですが、
急に懐かしくて、
すごく優しくて、
すごく悲しくて、
涙が出てしまいそうでした。

わたしもしかして・・・
スペイン人?
フランス人?
イタリア人?

・・・どう見てもアジアだろうと言われそうなので
この辺にしておきますが、
或いは、
遠い日の記憶か。

いや、
人間の本質、なのではないだろうか?

子どもの頃、
ピアノでバッハを練習させられるたびに、
本当に退屈で退屈で、
逃げ出したくなる思いをしていたけれど、
今、それを素直に、受け入れられるようになった、
この、感覚の変化。

形というものが存在することの、
理由を受け入れられる、変化。

そう、
規則や繰り返しには、
理由があり、
厳しさには、
美しさが同居するのであり、
それは、
人間の強さであり、
弱さであり、
そこに頼ることの、
誇りであり、
悲しさであり。

それを、
多分にわかって、
宗教や、団体での行動、
或いは個人的な儀式でさえ、
すべては音楽とともに、あるのかもしれません。

どんなに現代の要素が入っていったとしても、
音楽と
規則が
切り離すことが殆どできないとして。

春なのに肌寒くて、
ぱっとしないお天気の今日だったからこそ、
このまったりとした、
一方で底抜けの音楽に、
心を打たれ。

目に見えない枠が、
はめられているのだけれども。

未だ、
「規則」が、大抵、明確に語り継がれている「音楽」とともにあることの、
心の拠り所の意味、
或いは安心の意味を、
何となくではありますが、
感じたのでありました。

素人感覚だから、
ちゃんと調べたりしたら、本当はもっと、
いろいろあるのかもしれない、
こういう洞察。

でも、
感じたままに感じ
感じたままに綴るのも
日曜の午後に免じて
許してください。
わたしのTo Doリストから、
ひとつ達成した映画鑑賞:『スラムドッグ・ミリオネア』。

嫌いだと分かっていて、
それでも、
「観なきゃ」
と思っていたのは、
アカデミー賞のミーハー、というよりは、
時に、こういう世界を覗かなくてはならないという、
義務感であり、
習慣であり。

映画の根底に流れるのは、
逞しさ。

信じること
食べること
眠ること
戦うこと
逃げること
働くこと

そして、
愛すること、愛し続けること。

いい加減、馬鹿なんじゃないか、と、
一笑されるくらいの、
実直な逞しさが、
つらく、不条理な人生さえ、
美しいものに、変えて行くのね。

わたしには、
そんな逞しさなんて、
ない。

でも、
そんな逞しさが、
ないと、
美しい人生は、
歩めない。

映画を観るたびに、
自分を相対化して、
大きな話から
小さな話まで
膨らませて考えてしまうけれど、
今日は、
インドという国の、
途方もない複雑さであるとか、
そういうことを考えるというよりは、
自分に、
逞しく生きていく覚悟が
できているのかを
問うような、
この
守られた毎日から
はじき出されても
逞しく生きて行く覚悟が
あるのかを
考えながら
観ている時間が、
長かった。

金曜夜の、小さな映画館は、
独特の光に包まれて、
男女の「おひとりさま」たちが、
わらわらと、
それぞれパンを齧りながら、
その世界に、
何かを考えながら。

火照った一週間を、
固めの熱で以て、
凍結。

野良猫は、
もう少しクールかもしれないから。

おやすみなさいお月様