$Rollingcatの越境レポート。

昨晩は、専攻コースメンバーでのささやかなクリスマス会があり、
London Bridge界隈に住んでいるクラスメイトのお部屋にて、
おしゃべりをして来ました。

わたしはもっぱら、
ワインとチーズを堪能…

ワインとチーズって
なんて幸せなんでしょう、これ。

一人暮らしのときは、
冷蔵庫に常時、
白ワインと、
ちょっと素敵スーパーで選んだチーズを備え、
「幸福を感じる必要」があるときには、
ひとり楽しんでいたりもしたのですが、
寮にあっては、
そんなもの蓄える余裕のない冷蔵庫環境でありまして、
こういう機会でもない限り、
楽しむことができなくなってしまいました。

しかも今回は、
主催者さんのおばあさんがイタリア在住ということで、
イタリア直送のチーズが…(思い出してパブロフの犬化)。

(★写真は、殆どいろいろ食べ尽くされた後なので写っていないものもあるのですが、
このでっかいのが、目玉のパルメザンチーズです。)

明け方5時に帰ってくるまで、
ひたすらワインとチーズとスウィーツを食べて、
話して(でもなんか、liberalismについての熱い議論になっていたので、
わたし的には意識遠のいてましたけども…)、
つかの間の、ホリデイ気分を楽しんだのでありました。

日本も、そろそろ忘年会シーズンだなぁと思い出しました。

この温かい空気感が、何もかも包み込んでしまうような錯覚にかられます。








日本では、どのくらい話題になっているのでしょうか?
Googleニュースのトップに出て来ない、
朝日も産経も毎日も読売も、ネット情報ではどこもトップ画面に持って来ていない、
更にいえば、
COP15が7日からコペンハーゲンで始まるというのに、これについての情報もほぼ皆無で、
あるとすると、「オバマ大統領が出席する」。

日本がどういうリーダーシップを発揮したいとか、すべきとか、
そういう議論すら、ないんですね。

…ちなみに今時点でのトップはどこもJ1鹿島について…

とにかく、スポーツとエンタメと、エンタメ的な国会ニュースが、
トップ記事になることが多いですよね。

このごろ、日本の人たちが見ている情報のバラエティの乏しさが
やけに目について、やきもきしてなりません。

自分の無知を、メディアのせいにすべきではないのを百も承知のうえでいうならば、
学校の授業に出ていても、国際問題、地球規模の課題に関する議論についての
背景知識がまったくないこと、つまり、「日本のメディアはどう報じているか?」
と聞かれても、答えられないくらいに、「報じていないこと」に気がついてしまって、
つらいです。

学生のときは、世界のこといろいろ、
よくあんなことこんなこと知ってたし考えてたなぁ、と、
社会人になってしばらくして思ったりしていましたが、
それってつまり、
学生のときは、学生のときなりの特殊な情報入手手段があって、
図書館やらゼミやらで、海外の文献に触れたり、という機会があったっだけということで、
日本で「日常的」に暮らしていると、そういう情報は、自然とは、もちろん入って来ません。

…日本、大丈夫だろうか?
と、心配になります。

或いは、
今回話題になっている「Climategate」については、
何らかのプレッシャーが入っているのでしょうか??
政治とか、経済とか。

いずれにしても、BBCなどではトップニュースになっている事案です。

要約すれば、「地球温暖化に関する科学的論拠を、科学者が操作している可能性を示唆する
情報がハッキングにより流出し、地球規模での詐欺であるという一大スキャンダルになっている」
事件です。

YouTubeのリンクのように、
いわゆる「懐疑派」の人たちがここぞとばかりに取り上げて、世論およびCOP15の議論に
揺さぶりをかけようとしています。

日本版ニューズウィークの記事はこちら

こちらに来てから、何度か温暖化関係のレクチャーなんかに出たんですけれど、
もともと情報の入手ルートがあるせいなのか、
或いは、「批判的精神」が行き渡っているからなのか、
日本ではあまり聞かれない「懐疑派」が、そもそも結構存在します。
質疑応答なんかでも、必ず登場してくるので。

そんなわけで、懐疑派の人たちは、この流出情報を餌食に、議論を展開させようとしています。
イギリスの国会でも、懐疑派議員たちが証言を求める動きなどをしているようです。

そんなてんやわんやの状況があるのですけれども…

わたし個人的には、
情報操作があったとしたら、それは大問題。
でも、
それは「単に数字の問題」ともいえる、
と考えています。

「地球温暖化」という気温の変化に集中するのでなく、
「地球環境」の変化という視点でとらえるべきだとも、
思います。

数字がどう変動したのかは知りませんが、
北極や南極の氷山が溶け出したり、砂漠化が進行したり、という、
目で見える変化は、確かに、そこにあるわけです。

植物や動物の生態系が変わっていること、
田舎の風景が変わりいく様も、実感していることだって、
あるわけです。

都会の風景が変わりいく様も。

つまり、
わたしたちが、
自分の目や肌、つまり、感覚によって、この問題をどう捉えているか?

一般人としては、その感覚を大事にして、
この問題に対峙すべきではないかと。

感情的、といわれても、仕方ないです。
だって、
感覚でしか、わたしたちは自分たちが生きて行く世界を推し量る事はできないですから。

数字を知っていても、それは単なる記号にしか過ぎません。

これについては、江守正多さん(国立環境研究所温暖化リスク評価研究室長)の日経エコロミーの記事で述べられていることが、とっても大事だと思いました。

”過去1000年の気温変動に関するIPCCの結論が万が一これに影響を受けたとしても、いわゆる「人為起源温暖化説」の全体が揺らぐわけではまったくないことに注意してください。第1回のコラムで説明したように、「人為起源温暖化説」の主要な根拠は、「近年の気温上昇が異常であるから」ではなく、「近年の気温上昇が人為起源温室効果ガスの影響を勘定に入れないと量的に説明できないから」なのですから。”

何事も、数字がないと測れないのがわたしたちの生きている世界なんですね。
でも、数字だけがすべてじゃないことも、また知っていたり、しますよね。

冒頭のアメリカのニュースキャスターが、
「わたしは(温暖化の数字がねつ造なではないかという)自分の直感を信じていたんです」
と、仰っていますが、
わたしとしては、数字についての直感はさておき、
地球環境の変化をどう感じているのか?を、聞きたい。
それすら、嘘だと、起こっていないと、信じているのでしょうか?

「温暖化」の数字問題が足かせになって、その他全体の議論に悪影響がないことを、
祈ります。


<おまけ>
コメディセントラル…。Jon Stewartはいつも健在ですね…
科学的根拠のねつ造は問題だとして、一般の人のこれらの情報への触れ方は、
このくらいのカジュアルでも…いいのかも…? 
だって、大切なのは、自分はどう感じるか、です。

$Rollingcatの越境レポート。
もやもやした気持ちを抱えたときは、
走るよりも、歩くに限ります。

今日は久しぶりに晴れ間が見えたので、
思い瞼のまま目が覚めた直後から、
「出かけよう」
と、思いました。

そんなわけで、
退廃ムード漂うNew Crossを抜け、
ちょっと素敵な街並らしいGreenwich(標準時の!)まで、
Google mapでふむふむと地図を調べたあと、
目的地のマーケットをメモに写し取り(iphoneとか持ってないので…)、
ようっと出かけました。

こちらに来て3ヶ月近くになりますが、
近所の散策をしたことがなかったので、
何だか多少の旅行者気分です。

はたして、
わたしの手書き地図もなかなかのクオリティで、
殆ど迷うこともなく、
Greenwichのマーケットにもたどり着き、
久しぶりに、オーガニック系のショップを見つけたため、
興奮して、あれやこれやとドライフルーツやら、お茶やらを買い込む。

フランス仕込み!を宣伝している看板のパン屋さんで、
パンを買う。食べる。

クリスマスのもみの木を品定めする。買わない。

アジア系っぽい店主さんに中国語で話しかけられたので、
「我是日本人」と中国語で切り返すと、
「actually, i don't speak Chinese.」と言われる。

近所の音楽学校の学生さんたちによるらしい、弦楽四重奏を、聞く。

教会に入り、見学する。

明日のクリスマスパーティの手土産を買い込む。

片道30分くらいの距離ですが(あくまで、わたしの歩く速度にて…)
住んでいるところとはがらりと雰囲気の変わる、
面白そうな街でありました。

留学生も、Greenwichの方が治安がいいという理由で、
そちらでフラット借りている人が多いのです。

バスや自転車利用者なら、10分程度で通学できるらしいので。

オーガニックのショップと、
パン屋さんは、
かなり気に入ったので、
多分、
また、
そんな感じでひょっこりと、
散歩したいと思います。

ところで、街はすっかりクリスマスです。

人が心なしか温かく見えるのは、気のせい?
気のせいじゃないんだったら、
キリストが複数回生まれてくれてたら、
世界はもっと平和だったんじゃないかとか、
不謹慎な事を考えながら、
歩いたりしていたのでした。