11月はお仕事トピック縛り月間!
ということで
最近わたしは、忙しいです。
なぜなら
仕事を引き受けてしまったから。
多分、世の中の人が「独法(ドッポウ)なんて超ゆるいんじゃないのー」
と思っているとしたら
労働時間で言えば、この3週間ほどは、RさんやPさんで働いていた頃と
大して変わらない。
この特殊な法人(昔は特殊法人といったくらいですからねぇ)で働いていて思うのは
やっぱり、特殊な法人だからできる仕事というのがあって
…世の中にある「落ちたボール」を誰が拾うのかという問題や、
白でも黒でもないグレーをどのように片付けるのかという問題、
官でも民でもない案件をどう回すのかという問題、
そういうものに関わって仕事をすることにやりがいを持っている人もいれば
多少は安定した=利益第一優先じゃないことから来るストレスのなさ、
既得権益があることによる競争のなさ、
という条件にひかれてやり過ごしている人もいれば
まぁ
一般企業と同様、仕事に差し向かうにあたっての
人のモチベーションやら大義やらというのは
様々にあるわけで
だからやはり、
組織形態が独法だからといって、働く人たちの忙しさが一様ではないのです。
久しぶりに「行けるかな?行けないかな?」というラインの
つまり
自分のキャパシティを超えそうかぎりぎりの仕事を
「やります!」
といって引き受けてしまった、
つまり「ストレッチ」的な要素を生活に組み込んでしまったこの数週間。
久しぶりの緊張感をもって日々を渡り歩いているわけで
しかしこの緊張感というものは
胃やら肌やらにネガティブな影響を与えながらも
毎日のペースには彩りを与え
(食べ物、運動、マッサージ…の何をどこに配置するのかという
トレーニングメニューのような)
これが終わったときの達成感が何事にも勝る光を持っていることを
多分知っているので
めげそうになりながらもやってみる。
今のピークを超えれば
楽しいクリスマスや年末やというものがやってくるわけで。
小学生時代、九州に住んでいたのですが
その頃、いつも12月中旬に持久走大会があって
寒い中、何キロも走らなくてはならないことが苦痛で苦痛で仕方がなかったけれど
これが終わると、
いつもクリスマスパーティがあって
おじいちゃんおばあちゃんからプレゼントが届くのが恒例で
お母さんとたくさんお菓子をつくったり
お父さんがピザを焼いたり
年末のお菓子を兄弟と選んだり
とにかく
いつも持久走大会の後には 楽しい出来事がまっていて
それがご褒美というものであるということを 学んでいたわけで
義務教育や家庭教育の素晴らしさがそこにあるんだとしたら
(オオゴトですな)
オトナになったら
課題を与えるのも ご褒美を与えるのも
基本的には
自分自身であったりして
そのことに気付くか気付かないかで
時間にどんな意味があるのかが変わって来るんじゃないかと思う。
江副さんは言った:
自ら機会を創り出し 機会によって自らを変えよ
それって大したことじゃなくって(おい)
小学生のときにはきっと誰もがやってたこと。
子ども心を忘れるな!とは よく言うことだけれど
それは別に、夢をなくすとか素直さをなくすとかそういうことだけじゃなくって
きっと
ストレッチすることの快感を忘れるなということかもしれない。
それこそが シンプルな生の悦びだとしたら。
とかまぁ
なんとかかんとか言ったけど
やらなきゃなんない仕事を持ち帰って来て
目の前に置いて
なかなか取りかかれずにブログを書いているわたしは
やっぱり
機会創っちゃったことに 多少の後悔を感じているわけで
完全に疲労しているわけで
それが現実だよねー。
かっこ悪いのが現実だよねー。
だよねだよねー。
むん…
今日の夜は
ボジョレー×鍋
と決めているので
今日のご褒美タイムまでに ちょっとがんばろうと思います。
ちょっと。。。
ということで
最近わたしは、忙しいです。
なぜなら
仕事を引き受けてしまったから。
多分、世の中の人が「独法(ドッポウ)なんて超ゆるいんじゃないのー」
と思っているとしたら
労働時間で言えば、この3週間ほどは、RさんやPさんで働いていた頃と
大して変わらない。
この特殊な法人(昔は特殊法人といったくらいですからねぇ)で働いていて思うのは
やっぱり、特殊な法人だからできる仕事というのがあって
…世の中にある「落ちたボール」を誰が拾うのかという問題や、
白でも黒でもないグレーをどのように片付けるのかという問題、
官でも民でもない案件をどう回すのかという問題、
そういうものに関わって仕事をすることにやりがいを持っている人もいれば
多少は安定した=利益第一優先じゃないことから来るストレスのなさ、
既得権益があることによる競争のなさ、
という条件にひかれてやり過ごしている人もいれば
まぁ
一般企業と同様、仕事に差し向かうにあたっての
人のモチベーションやら大義やらというのは
様々にあるわけで
だからやはり、
組織形態が独法だからといって、働く人たちの忙しさが一様ではないのです。
久しぶりに「行けるかな?行けないかな?」というラインの
つまり
自分のキャパシティを超えそうかぎりぎりの仕事を
「やります!」
といって引き受けてしまった、
つまり「ストレッチ」的な要素を生活に組み込んでしまったこの数週間。
久しぶりの緊張感をもって日々を渡り歩いているわけで
しかしこの緊張感というものは
胃やら肌やらにネガティブな影響を与えながらも
毎日のペースには彩りを与え
(食べ物、運動、マッサージ…の何をどこに配置するのかという
トレーニングメニューのような)
これが終わったときの達成感が何事にも勝る光を持っていることを
多分知っているので
めげそうになりながらもやってみる。
今のピークを超えれば
楽しいクリスマスや年末やというものがやってくるわけで。
小学生時代、九州に住んでいたのですが
その頃、いつも12月中旬に持久走大会があって
寒い中、何キロも走らなくてはならないことが苦痛で苦痛で仕方がなかったけれど
これが終わると、
いつもクリスマスパーティがあって
おじいちゃんおばあちゃんからプレゼントが届くのが恒例で
お母さんとたくさんお菓子をつくったり
お父さんがピザを焼いたり
年末のお菓子を兄弟と選んだり
とにかく
いつも持久走大会の後には 楽しい出来事がまっていて
それがご褒美というものであるということを 学んでいたわけで
義務教育や家庭教育の素晴らしさがそこにあるんだとしたら
(オオゴトですな)
オトナになったら
課題を与えるのも ご褒美を与えるのも
基本的には
自分自身であったりして
そのことに気付くか気付かないかで
時間にどんな意味があるのかが変わって来るんじゃないかと思う。
江副さんは言った:
自ら機会を創り出し 機会によって自らを変えよ
それって大したことじゃなくって(おい)
小学生のときにはきっと誰もがやってたこと。
子ども心を忘れるな!とは よく言うことだけれど
それは別に、夢をなくすとか素直さをなくすとかそういうことだけじゃなくって
きっと
ストレッチすることの快感を忘れるなということかもしれない。
それこそが シンプルな生の悦びだとしたら。
とかまぁ
なんとかかんとか言ったけど
やらなきゃなんない仕事を持ち帰って来て
目の前に置いて
なかなか取りかかれずにブログを書いているわたしは
やっぱり
機会創っちゃったことに 多少の後悔を感じているわけで
完全に疲労しているわけで
それが現実だよねー。
かっこ悪いのが現実だよねー。
だよねだよねー。
むん…
今日の夜は
ボジョレー×鍋
と決めているので
今日のご褒美タイムまでに ちょっとがんばろうと思います。
ちょっと。。。