あるところに若い娘がおりました。


幼くして父を戦争で亡くし
そして母を病気で亡くしたため
お兄さんとその家族の元に暮らしておりました。


年頃になり、
若い娘は
村の素敵な男性に恋をしました。


立派なお家の
若く凛々しい男性でした。


恋と言っても、
しかし
内気な彼女にとって
それはただ
憧れるだけの恋だったのであります。


あるときです。


お兄さん家族のもとに、手紙が届きました。


手紙は
なんと、その男性からのものでした。


村の素敵な男性は
その若い娘に
恋心を抱いているということだったのです。


縁談を乞う内容だったのです。


ところが
お兄さんのお嫁さんが
ほとんど母親代わりとしてその娘の世話をしていたのですが
父もなく母もない娘を
そのような身分のよい家に嫁がせるのは不釣り合いだとして
その手紙を隠しました。


娘の知らないところで。


そうして
娘はある吉日に、
別の男性のもとへと、嫁いだのでありました。


畳の下にそっと隠されたその手紙の存在は
娘にとって
始めから、無かった事実。


50年も、60年も経って、
知ることになった、事実。


両思いの、事実だったのでありました。



…なんて
映画のような本当の話を
おばあさんたちの人生とロマンスを
胸騒ぎとともに聞く午後に。



ロンドンに居た頃
来る日も来る日もフラット宛に届く、
受取人の居ない手紙が
過去の学生宛の手紙が
大量に積み上げられて行く中に、

Miss you.

なんていうメッセージを見つけて
勝手に胸が苦しくなっていたことを思い出して。


ぼんやりお風呂で考えた。


今頃
わたしの住んでいた部屋に
例えば
わたし宛の、受け取ようのない
手紙が届いていたら?


今まで
わたしの住んでいた場所に
例えば
わたし宛の、
わたしの知らない事実が届けられていたとしたら?


伝えても伝わらない想いや
ときにそれは
重要な愛の言葉であったりして


どこかで想いや言葉が
すれ違って
ただ時が、経っていたらって
考えてみる。


そういう
ロマンチックな妄想が
あったりしてね。