時間を過ごしたその後に

ほっこりエネルギーに満ちた気持ちになる
or
がっくりと疲れが残り虚しい気持ちになる

人と会った後、この二つのパターンがあるような気がするけれど
一体その原因は何か。


お互いの持論をぶつけ合える相手と会話をするとき。
→胸騒ぎはしつつも、
 聞いてもらえるという安心と、聞いてもらいたいという意欲によって
 興奮すら覚える。
 もしくは、自分が相手を変えられる(影響できる)かもしれない、
 または、相手が自分を変える(影響を与える)かもしれない、という、
 発展への期待による高揚感。


持論を展開するしかない人だと分かっている相手と会話をするとき
→コミュニケーションをしても仕方ないという諦めが、聞き役に徹し、
 反論したいのに反論の余地すらないという諦めが、虚無を引き起こす。
 およそ会話ではない。
 とりわけ相手の持論が、自分の既に知っていることだったり、
 検討した上で疑念を抱いていることだったり、
 始めから相容れない立場・視点を持っている場合。



まぁ
性格的な問題もあるのでしょうけれど。
この人好きとか嫌いとか。


それもこれもわたしの場合は、「寛容」という素養が
あるのかないのかというところで、
少し判断しているところがあるように思います。


寛容になりたい
寛容な人が好きだ
寛容は賢さである
寛容は強さである


…ってなことをお正月から考えて、ため息が出る。


このため息は
やれやれというネガティブと
わくわくというポジティブと
いずれにしても
人と関わることなく生きる人生は寂しく、難しく、
自分には到底達成しえないという諦めから来る、
自分自身への、しょうもなさ。


この一年も人にまみれて、
…それは、友だちや同僚や家族や恋人や親戚や取引先や、etc.etc.…
悲しんだり落ち込んだり 
喜んだり笑ったりするのでしょう。


人に出逢い 人を信じ 人にやぶれて
人を憎み 人を許し また人を知る
(「道標」by 福山雅治ぜよ←古い得意げ


というわけで
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします目

福山雅治 道標
アップロード者 hawaiiantommy. - 他の音楽動画をもっと見る。