先週末、映画「ミックマック」(原題MICMACS A TIRE-LARIGOT)を観て来ました。


妄想族の教祖(?)、ジャン=ピエール・ジュネ (Jean-Pierre Jeunet) 監督の作品です。
(日本で有名な代表作は、「アメリ」ですね。)

わたしは、
彼の妄想力とそれを投影した妄想癖のある登場人物たち、に、同じ匂いを感じ
彼の多様性を信じ、尊重したいとする姿勢に共感し、
彼の人間に対する愛情に深い尊敬の念を感じます。


まぁ一言で言ってしまえば、
その一見わけがわからないほどに絡まったストーリー(画)たちによって構成される
緻密で親密な映画を観ていると、
自分がその世界の住人であることを自覚し、
安心感に包まれることができるということです。


今回のミックマックも、
地味で内気でマニアックな主人公が、
果たしてどうしてそういう人生を歩むことになったのか…
彼の人生を方向付けたふたつの事件
(父親の地雷による死亡と、それによる家族の崩壊/自身の流れ弾による負傷と、それによる失業)、
その根源にある「戦争産業」(兵器産業)へ、
「アナログな方法」
(とでも言えるでしょうか。でも時々、youtubeとか出てくるから現代性は十分にあるのですが)
によって、愉快でせいせいする復讐劇を企てるという、
「コメディ」の様を呈した「政治的メッセージ」。


とっても面白いです。

「妄想」が大きな鍵になることが多いけれど、
彼の作品に共通することって、
実は、
その「妄想」を「行動」に移すことの大切さなんだろうって、
思います。


自分の内にあることが真理だとして。


自分の内にこもることが平穏だとして。


しかし
本当の満足や充実というものは、
それを外に解放した時に、
行動として波や風を立てた時に、
自分自身と、周囲の人たち(大きく言えば社会)に与える影響が、
表れてきた時に、
得られるものなんだよ、という。

関わりがあること。

変化があること。


「普通の人」という名でくくられる、
「多様で個性的な人」たちが、
愛を保って、勇気を保って、生きるために、
望み、描き続ける妄想の数々。


プラクティカルかそうでないかということを、
周辺にあふれる「普通」の基準で判断してしまわずに、
行動してみることの、
ちょっとした勇気があるとき、
何かが変わるのだということ。


型通りの
つまらない
理不尽な
強者の
ステレオタイプな
そういう世界が、
変わるかもしれないということ。


「変わり者」
と呼ばれる人の、
豊かな想像力(変わり者の想像力は妄想力になる)
この鬱屈な社会の闇を破ることはできないかもしれないということ。


物差しではかれないこと
ひとりひとりの心に答えがあること
結局は愛なんだということ


あるひとつの、世界平和への貢献の仕方が、
ここにあると思える作品です。