とある音楽家の方が、
「生徒が言ってて納得しちゃったんだけど」
と、切り出した、
興味深いお話。

曰く、
「死んでしまったら、
あの世へお金は持っていけない。
でも、身につけた技術や知識は、
持っていけると思うでしょう?」

一瞬、何のことかと思ったけれど、
電車に揺られてごとごと考えていて、
そうかもしれない、
なんて妙に納得して、
励まされた気分になって、
嬉しくなったりして。

どんな宗教を信じていたり、
死生観をもっているかにもよるけれど、
例えば死ぬとき、
人はこの身ひとつで
(「身」というのも、既におかしいかも?)
旅立つとして。

確かに、
現金も通帳も、
洋服も、アクセサリーも、
靴も車も、
パソコンも、
マンションや土地だって、
「そこ」には持っていけない。

「そこ」にあるのは、
きっと、わたしだけ。

わたしの身なのか、
魂なのか、心なのかは分からないけれど、
生ある間積み重ねて来た、
わたしとしての、わたし。

とすれば、
よく言われるような「思い出」はともかく、
ピアノをひくとか歌を歌うとか、ギターを弾くとか、
日本語をしゃべるとか、英語を理解するとか、
サッカーするとか、水泳するとか、
哲学的なものの考え方をするとか、
何でも受け入れるスタンスとか。

毎日の経験を通じて、わたしたちに刻み込まれて行くすべてが、
最後に残る、
唯一の、「財産」なのかもしれません。

今わたしが大切にしている何かが、
今のわたしの、目に見える財産にならないとしても、
目に見えない財産として、
わたしに貯まって行くのであれば、
そうなのだと考えれば、
こんなに豊かな生き方はない、のではないかしら。

何だか勇気づけられると、思いませんか?