土曜日の病院は混む。

分かってても、この日にしか来られないのだから、仕方ない。

なぜか子連れ組が多い。

それにしても。
子どもはよく泣く。

眠たい、
受付でいつも貰える「おまけ」のシールがない、
帽子を被りたくない、
お母さんがトイレから出てくるのが遅い、
など。

おとなから発せられる言語に対して、呼応して、泣く。

おとなの目をしっかり見て、泣く。

ああもう、泣き声が、四重奏のようですよ。

そうだな、
おとなになることで、一番大きく変わるのは、
泣かなくなることかもしれないなぁ。

おとなの社会にばかりいると、
笑い声は聞いても、
泣き声は、滅多に、聞かない。

と、すれば、
それでも、今になっても稀にあるような、
声をあげて泣くようなとき、を、
わたしたちはもっと、大切に、慎重に扱うべきなのかもしれない。

つまり、おとなになって抑えられているものすら、
抑えられなくなっている、象徴的な事件なのかもしれないから。

それほど悲しいのは、苦しいのは、どうしてなのか、
注意深く、心(脳?)を覗き込んであげると、
少しは救われるのかもしれない。

自分や他人をもっと、愛おしめるのかもしれない。

それにしても、
なかなか順番はこず、
子どもたちは相変わらず、騒がしく泣いている。