前に書いたお話です。
シュウは窓の外をじっと、眺めていました。
景色は流され、田や畑ばかりだった地面は、ほそうされたアスファルトへ姿を変えます。
見知った建物をいくつかよぎったところで、前席で運転しているお母さんが口を開きました。
「シュウ、もうすぐ着くわよ」
シュウは窓から目を離さずに、そっと耳だけを傾けます。
「あの子に会うの、一年ぶりね」
なつかしむような声でハンドルを切ると、目の前に大きな川が流れていました。
橋を渡り、濁った水を一望します。
「この町も、何一つ変わらないのね」
桜並木にかこまれた川べりは、シュウの思い出の場所でした。
深緑色の水に雨雲を溶かし込んだようなその川に向かって、シュウはこうつぶやかずにはいられませんでした。
「ただいま」
幼馴染のユイから電話がかかってきたのは、ちょうど二週間前のことです。
「もしもし」
受話器をとると、女の子の無邪気な笑い声が聞こえてきました。
「シュウ君、元気してた?」
「ユイちゃんか! 話するの、冬休みの時以来だね。今日はどうかしたの?」
「ちょっとね、渡したいものがあるの」
そのあと、シュウは十二、三分かけてユイと話し合いました。
都合のいい日や渡す場所、ときどき脱線して、学校生活のことや最近のテストの結果を競い合いました。
しばらくして、ユイは「じゃあ」とかすれた声で、別れを告げます。
「あの場所で待ってるから」
「わかったよ」
シュウは静かに受話器を置きました。
「お母さん、車止めて!」
橋を渡り切り、桜の木を目で追っていると、見覚えのある薄桃色のワンピースが風にはためいていました。
「ユイちゃん!」
丈の長いワンピースを翻し、
「ショウ君!」
ユイは笑顔で手を振ります。シュウはユイのもとへ駆け寄りました。
「はい、これ」
すぐに紙袋を渡され、迷いなく受け取りました。中身は、赤い手袋でした。
「私の手づくりなの。本当は、冬に渡そうと思ってたけど、お互いに忙しかったでしょう? だから、季節外れだけど」
辺りは散り急ぐ桜の花びらでいっぱいです。
落ち込んでうつむくユイに、シュウは桜並木を見据えて、こう言いました。
「雪なら、降ってるよ」
ユイは驚いたように顔を上げました。
「だから、手袋しないとね」
春に身に着ける手袋は、少しくすぐったい感じがしました。
シュウはとっさにユイの手をつかみ、桜吹雪の中を走り抜けていました。