ろ~るのヒトリゴト -65ページ目

ろ~るのヒトリゴト

キタオヒ◇ユキ OFFICIAL BLOG

 

「もしかしたらこの先使うかもしれない。。。」

 

 

という思いが少しでもあると、モノを捨てれないという厄介な性格。

 

 

思い出の濃度が高いほど、そこにしがみつき

 

 

「残しておく理由」を見つけようと必死になる。

 

 

個人的に多趣味な方なので、その対象が多すぎて

 

 

部屋がすぐに飽和状態になる。

 

 

 

学生の頃はそれが心地よかったりしたのだが

 

 

年々その環境が息苦しいというか、誰かが言ってた

 

 

「部屋は自分の心の鏡」という教えがずっと胸に留まっており

 

 

何とか部屋をスッキリさせようと試行錯誤するのだが

 

 

結局モノがありすぎて、収納するスペースがどんどんなくなっていく。

 

 

 

それでもほしいものがあると、ついつい購入追加してしまって

 

挙句窒息状態になるわけだ。

 

 

これって、社会でも同じことが言えるような。。。

 

 

人それぞれのキャパ(部屋の広さや数)があって、そこに様々な関係を築いて(収納して)いくわけで

 

 

そしていつか飽和状態になって、そこからさらに新しい人と繋がりをもっていくと

 

 

やがて繋がった色んな人に気が向いてしまって、自分自身がみえなくなって

 

 

何だか苦しくなって。。。。

 

 

そりゃ誰だって(とは言い切れないかもだが)繋がりが消えてしまったり、失ったりすることを喜ぶわけがない。

 

 

だからこそ「失わない理由」を必死になって探そうとする。

 

 

モノも人も沢山あることで救われることも沢山あるのも事実だが

 

 

その分同じように息苦しい自分とも対峙していくのも避けられないだろう。

 

 

所詮は「気にしい」の独り言だが、意外にこういう人が多そうな。。。

 

私のマザーもそういう気がありますな。

 

出会った以上、繋がった以上、大切にしなければならない。

 

 

全員完全に同じようにとはいかないけど、それでも均等な配慮をしなければという

 

思いは常にあります。

 

 

だからこそ色んなことが気になって、そっちばっかり考えて。

 

 

心のリフォームが出来たらどれだけ素晴らしいだろうかねぇ。

 

 

増築増築でっせ。

 

 

と、そんなSF物語を妄想しても仕方がないので

 

 

4畳半の小さな心で何とかせねばいけない。

 

 

生きるってのは常に心との対峙だわ。

 

 

 

 

 

 

あ~釣りに行きたい。

 

 

 

意味~はなくとも~

 

 

歩は遅くとも~

 

 

の~こさ~れ~たわず~かな~時を~

 

 

やが~て荒野に~

 

 

花~は咲くだろう~

 

 

あ~らゆ~る国境線を~~

 

 

越え~~て~~♪

 

(「ALIVE」Mr.children)

 

 

この歌の本意とは全く関係ありませんが

 

 

そして、配信ではすでにお伝えしておりますが

 

 

ようやく来月の26日にandREの2人で

 

 

改めて一歩を踏むことが出来ます。

 

 

まずは配信という形で、皆様の前に現れます。

 

 

 

周りのミュージシャンと比べるようなことでもないのだが

 

 

少し腰が重いというか、歩みが遅いというか。。。。

 

 

そんな風に見られてるのかもしれません。

 

 

 

とはいえ、それぞれの頭と心と身体のペースを持ち寄って

 

 

2人にとって最短距離で再始動が出来ることを素直に喜びたいと思います。

 

 

詳細は追ってお伝えしますが、6/26(日)のお昼ということだけお伝えしておきます。

 

 

 

これから一歩一歩。

 

 

スローペースになるとは思います。

 

 

 

2人の音が直に重なる瞬間を

 

 

そのひとときを

 

 

また一緒に感じていただけたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の思いを伝えたかったり

 

 

相手の思いを受け入れたかったりするけど

 

 

これが簡単なようでなかなか難しいのですよ。

 

 

そもそも自分を形成してきたバックボーンがあり、それによって培われた思考回路があり

 

 

信念があり、それに基づいて生きている。

 

 

思いを伝えることは、相手の信念を半ば破壊するような行為であり

 

 

同じく、思いを受け入れるというのは自身で信念を破壊する行為である。

 

 

「破壊」なんて言葉を使うと若干大袈裟な表現になってしまうが

 

 

大まかにはそういうことだ。

 

 

 

だが、その相互破壊を繰り返すことで

 

 

新たな思いを再構築していき、良い意味でリニューアルされた人間形成が生まれる。

 

 

難しく言ってますが、これが「人付き合い」ですよね。

 

 

会社、友人、家族、恋人、全てにおいてこの行為をもって成熟していく。

 

 

 

冒頭で「それが難しい」と言ったのは、ある程度「自分」という生物を把握してしまうと

 

 

心や信念の再生活動が鈍くなっていき

 

 

「自分は自分」だというパーフェクトバリアを張ってしまう。

 

 

そうなってしまうとそもそも思いを受け入れるスタンスもとられていないし

 

 

伝えたところで全く響かないという結末になる。

 

 

否、むしろ響かないどころか敵対して跳ね返ってくるぐらいかもしれない。

 

 

それを恐れるというのも難しくさせる一つだろう。

 

 

 

「自分の物差しこそ全て、もしくは一般的だ」と思い込んでいるような人が

 

 

誰かに押し付けるように心理や思考を植え付けようとする。

 

 

そもそも「自分の物差し」は「自分の物差し」であり

 

 

一般的である根拠などどこにもなく、ましては同調させるものでもない。

 

 

頭と心は人の数だけ多種多様である。

 

 

似たようなものはあるかもしれないが、全てが唯一無二だ。

 

 

「隣は隣!うちはうち!」みたいなことをよく親から言われていましたが

 

 

知らぬ間に「隣(一般)がこうするだからうちも(あならも)こうしなさい」という思考になりつつある。

 

 

私もパーフェクトバリアが完成されつつあるのだろう。

 

 

同調することは決して悪いとはいわないが

 

 

同調するさせるというより、尊重してあげるような考え方を大事にしたいですね。

 

 

「あなたはあなたで素晴らしい」

 

 

「私も私で素晴らしくありたい」

 

 

 

双方に自己向上を目指すスタンスさえあれば、もっと良い人間関係を築いていけるのになあ。

 

 

パーフェクトバリアって風呂カビぐらい頑固ですからねぇ。。。

 

 

こんなことを延々と突っ込んで考えてしまうひねくれ者の話。

 

 

終わりなき旅。。。