「暇だなぁ。」
太朗は氷だけになったグラスをストローで無意識に混ぜながらつぶやいた。
彼の視線は隣の席の大金持ちらしいおばはん3人組である。
「この調子じゃ、あと3時間は居るなぁ。はぁ~。」
と、ため息をついた。太朗は私立探偵で、浮気調査をしていた。
「男はタフじゃないと生きていけないかぁ。はぁ~。」
と、憧れのチャンドラーのハードボイルド小説の一節を繰り返しては我が身を励ましていた。
どうやら、この3人組のおばはんのうちの一人の浮気調査を依頼されたようだ。
アメリカの探偵小説に憧れて開業したのはいいが、訪ねてくるのは、今回のような浮気調査が主であった。
そして、それは社長の奥さんの浮気調査か、社長の浮気調査で、
こういう所に来る奴に限って、
「この面で浮気なんかするわけねーぜぇ。」
って思えるやつばかりであった。
なので太朗は最近、税金対策じゃねえのかぁと疑っているが、
しかし、訪ねてくるやつはどうやら本気のようだ。
お金持ちなんてやつは、やつなりにいろんなものを守らなきゃいけないという固定概念があるんだろうなぁ。
「はぁ、今みたいな生活が俺には合ってるのかもなぁ。」
ちょっと、やけ気味につぶやくと、ドリンクバーへ向かった。
テーブルに置いたままの手帳には「別にこれといって異常は無し」と半ばやけ気味に書きしるしてあった。
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かなよは2日ぶりの出勤となった。
従業者入り口にたどり着いたとき、
かなよは本能的に嫌な胸騒ぎを感じた。
自分を落ち着かせるため、深呼吸をして、
店の中へと入って行った。
ロッカー室でその嫌な感覚を確認するように、
慎重に制服に着替えながら、神経を研ぎ澄ませて、
店内の雰囲気を感じ取る。
「かなよちゃんおはよう!」
そこに、かなよと同じ、昼からのシフトとなっている真緒がやってきた。
「あっ、お、お、おはようございます。」
かなよは驚いた表情で真緒の方を振り向いた。
「どうかしたの?」
真緒はきょとんとした顔でかなよを見つめている。
「え、いや、ちょっと考え事をしてたんですぅ。」
かなよは苦笑しながら応えた。
「あっ、そうなんだ。今日もがんばろうね。」
真緒は何事も無かったようにささと着替えを済ませて、
店内に向かっていった。
「あ、待ってくださーい。」
かなよは慌てて、着替えを済ませると真緒を追いかけた。
店内に入り、かなよは店内を隈なく見回した。
これといって変化はない。
そう思った瞬間、まりりんと目が合った。
「とうとう来たんだ。」
かなよはつぶやいた。
そして、軽く会釈だけ済ませると、
冷静さを装いつつ、何事もなかったように作業を開始した。
しかし、まりりんは不確かな反応を感じ取った。
「あいつは人間じゃない!」
まりりんはかなよをずっと見つめていた。