ブログネタ:10年前の自分に一言
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その人は周囲に誰もいないことを確認すると、
持参したスコップで地面を掘り始めた。
軽くスコップが地面に刺さる音が響き、
その人はスコップを足を置いて、さらに地面へと沈める。
今朝、小雨が降っていたおかげで、
かなり地面がやわらかくなっていて、土を掘り出しやすくなっている。
しばらく土を掘り出して、
周囲を確認する。
過疎地の山の奥、しかも平日の昼間に誰かがやってくる訳はない。
しかし、その人は用心深く、人の気配に神経をとがらせている。
かさっという木々の葉の擦れる音にさえ、
その人は敏感に音のした方を振り返る。
手にしたスコップは土を掘るだけではなくいざと云う時に武器とでも言いたげに先端を音のする方へ両手でしっかりと掲げて威嚇をする。
風であったことに安心するよりも、
少々過剰すぎる反応にいささか自分自身にあきれつつも、
ことの重大さに体の芯から震えが襲ってきた。
その人は穴を掘るスピードをあげる。
一刻も早く、ここを立ち去りたい。
その人の吐く息の白さと熱を帯びた身体から発する蒸気が天に向かって立ち上っていく。
穴がその人の膝ぐらいまで掘った状態で、
スコップを穴の真横に寝かして、
穴へと入っていく。
穴の中でその人は一本の木のようにじっと神経を足の付け根に集中させる。
「私は木だ。一本の木だ。」
その人は念仏のように囁きにもならない声でつぶやく。
10年前。
わたしはこうして一本の木になった。
動物が生きるために進化をしていくように、
わたしも生きていくために、
進化していった。
足の付け根から土の中に生息する微生物を吸収して、
栄養源とする。
着こんでいた服はいつしか剥がれて、
皮膚が自然に亀裂が入り、
内臓は空腹のために分裂を始め、
年輪へと変化していった。
仕事に生きずまり、
わたしは自らの命を絶つために山へ入って行った。
あの時、わたしはたくましそうな一本の木にわが身を託した。
しばらく、わたしはこの木の身のように風に揺れて、
そして、いつのまにか、首だけ残して体は地面に落ちていった。
その魂がわたしを木に生まれ変わらせてくれたのだ。
10年前のわたしに言いたい。
「わたしは救われたんだね。」
何故ならわたしは生きている。
誰も知らない一本の木となって生きている。