ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる -15ページ目

ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる

わたしはかもめ。飛べないかもめ。日記みたいなもの。

関西在住の自分にとってはあまり関係ないと言いたいところですが、
やはり「原発」という焦点となった都知事選にはある程度の関心がありましたが…。

まさか、そういう結果には…。

「創」という雑誌で香山リカさんが、
「脱原発」を掲げる2人が票を取り合わなければいいけれど…。
と、書かれたとおりの結果になりました。

もし、という言葉を使うのは嫌いなんだけど、

こうなるのなら、本気で脱原発を考えているのなら、

小泉元首相が、宇都宮さん支持に回ってほしかった。
まぁ、結果論ですけれど、

正直な話。ここまで宇都宮さんが健闘するとは思いませんでした。

ということで、前向きな感想を言うならば、
宇都宮さんと細川さんの投票を合わせた数は意味があったと云えると思います。
(ただ、合わせても桝添さんには及びませんでしたが…。)

しかし、なんだろ。
この投票率の低さ。
雪のせいもあるかもしれない。
でも、日本の首都で暮らすのだから、
雪でこけるくらいどってことないやろがぁ!
投票いけぇーーーー!
って、云いたい。

ワイドショー(あてにしていいかわかんないけど)で、
自民党関係者のコメントに、
「これで小泉パワーはこそゼロになる。」
って、言ってたけど、
あきらめてほしくないな。

さっそく、ツイッター閉じちゃったけど、

おれ、これまで、正直、小泉さん嫌いだったけど、
今回の行動は支持してたからさぁ。
あきらめて欲しくないんだよね。

昨日、池上彰さんが書いた「小泉元首相原発ゼロ」について書かれた本買ったし。

いろいろ、問題はあると思うけど、
今回はほんとのスタートで、
これくらいであきらめないでほしい。
4年後。
次の都知事選の時。
それこそ、日本を変えるキャスティングボードをにぎっててほしい。

本来、キャスティングボードが得意な某宗教団体の政党が自民党のペットになっているだけにね。

今回の選挙は俺が思うに、

誰も勝ってない。

ただ、今回の投票率で、都民が負けたことだけは間違いないかもしれないけれど…。
朝は限りなく時間と云う経過に対して、一日において総体的に早く流れる。
だからといって、朝食に食パンを食べる行為はどこか、非日常的に感じてしまうのは、私が純日本人だからであろうか?
しかし、どちらかといえば、ごはんよりもパンの方が好きだ。
例えば、コンビニへ入った時、おにぎり、あるいはお弁当コーナーに滞在する時間はパンのコーナーに滞在している時間と比較すると約3分の1位になる。あくまで確率的な状況であり、通販番組に登場する
「これは個人的な意見です。」
という感じではあるが、ただし、簡単な理由はある。つまりは、コンビニでおにぎりを買った場合に、店員が「おにぎりを温めましょうか?」と言ってくれる確率が、低いと云う理由から無難なパンに走ると云うある意味で「あきらめ」に近い感覚になってしまっている。
と、ここまで話がずれたので、本題に戻るが、この朝にパンを食べる行為が、映画を観ようとする意気込みに似ている。
この非現実的な感覚がトーストと映画について、ある種の自らの距離感を感じてしまい、気がつくと途方に暮れてしまっている自分がいる。
◎2時間前後の時間を映画の為に捧げることができるのか?
◎食パン2枚だけで昼間での腹持ちが確保できるのだろうか?
ある年齢を越えてしまうと人生に於いて打算的な考えが発生する。
ビポビタンDのCMを観るだけで、気持ち的にいっぱいいっぱいになってしまう。
晩御飯に天一のこってりを食べる前に明日の胃を痛めて苦しくなっている自分が脳裏に映る。
冒険者は地球儀を見ながら、見果てぬ場所に想いをはせる。
わたしは地球儀さえどこにあるかわからない。小学生の頃にはたしかにあったはずなのに、いつのまにか、役目を終えたモノ達は、死に際を見せない猫のようにわたしの側から消えていく。でも、問題なのは消えていることさえ記憶にないのだ。
わたしは思う。
暗くなった上映前の映画館の中で、フレンチトーストを想い存分たべてみたい。もしかしたら、豪華客船で世界一周するくらいの難しさかもしれないが、そんな夢もわたしを強くするひとつの幻想なのである。
2月になって数日が経過しました。
今、わたしはとある穴ボコからメールを打っています。
今年の気候は例年同様に異常で、異常じゃない状況の方が異常なのではないか。
なんて考えているうちに、じゃ、ライフスタイルも異常にした方がもしかしたら、正常、いわゆるスタンダードスタイルになるのではないか?
そう思ったときに、脳裏にある場所が思い浮かんだわけです。
それがここ、うちの裏山にある誰が作ったのかわからない穴ボコで暮らしてみよう。
大きさはちょうど、わたしの太股の中間あたり、体育座りをすると、地面からわたしの顔がひよっこりと現れる感じ。
裏山にふらりと散歩をしに来た人が出くわすと、腰を抜かすことでしょう。
想像するだけで、思わず笑ってしまうシチュエーションですが、残念ながらわたしが住んでいるこの場所は過疎地も、過疎地。大過疎地で、人口は86名。でも、これも数年前に村長が一軒一軒訪問して数えた実数。住民の殆どが50歳以上だから、何名かはこの世を旅立っていることでしょう。
したがって、50歳目前のわたしはこの村の最年少になる。
わたし位の年齢の村民は学生になったと同時に街へ出ていく。
来るといえば、道に迷ったか、余程の経緯のある奴だろう。
そういえば、今や大御所女優のMさんは都会派を気取った演技で今でも主婦向けの雑誌の表紙を華麗に飾っているが、実はわたしの隣の家の娘で都会センスなどこれっぽっちもありゃしない。地デジになる前まではこの村にもテレビを観るやつもいたが、今となっては、そこまでしてテレビを観る必要性はない。
だから、今、大女優Mさんがどうしているかはわたしにはわからない。
この村を逃げるように出ていったやつらと同じように近隣のW市出身ですとでもぬかしていることだろう。しかし、この携帯と云うやつは便利だな。
まぁ、こうして暇だから誰に送るでもなく、文字を打っているが、これだったら、もう少し奴にこの携帯の使い方を聞いておくんだったなぁ。
この穴ボコの隣に埋める前に…。