ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる -11ページ目

ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる

わたしはかもめ。飛べないかもめ。日記みたいなもの。


昨日の暖かさは、まやかしと言いたげに、今朝は寒さで目をさます。
昨日買った新しいチャリで、本日から初出勤。軽快な乗り心地だけど、調子に乗りすぎて後半バテてしまった。体力はまだあるんだろうけど、肝心の臓器達が悲鳴をあげている。
仕出しやに行くのも憂鬱なひとつ。
あと1年半と自分に言い聞かせても、どこかまだ信用していない自分が居る。
あと、俺が生きていられるかだね。(笑)
今日は予想より忙しくなさそう。
準備万端な時はこうなってしまう。
うまいこといかんなぁ。
と呆れてしまうが、この機会を利用させてもらって、読みためている本たちを読もうかな?
と、昼間にこう書いたら、仕出しやの状況は急展開をして、最後は余裕が無くなって、余計に疲れるはめになる。
数日前にも、書いたけど、平凡でいこう。
心に余裕をもたせて、
状況を把握して、対応する。
せっかちな俺には正直しんどいんだけどね。
もう若くないから。
勢いでいくより、どうかわすかが大切な気がする。

話の着地点を見失ってしまったけど、要は帰りに雨が降ったらやだな。
新チャリだけにね。

今朝は雨降り。
憂鬱な気分を最高に盛り上げてくれる…悪い意味で。
明日はオフ。
予定ではチャリを買い換えるつもり。
数日前からペダルがカクカクと今にも外れそうな感覚で、負担をかけないように漕いでいったら、さすがに疲れてきた。
最近歩いて帰るのは、心の臓の痛みもあるけど、この理由も大きい。
ただ、長年乗っているだけに愛着があるのも今までなかなか換えれない理由だったんだけど、嫌な冬がやっと終盤(暦の上ではとっくに春なんだけれど…)になって、気分一新と云う気持ちもある。
日常的な状況の中で、ちょっとした変化って、案外大事なことなんだと思う。
平凡と云う言葉は最近、聞かなくなったけど、意外に難しいのが、現状維持と云う状態。
人間として生きていく限り、環境や社会情勢など、進化なのか、退化なのか、わかんないけど、時間と云う流れには誰も逆らうことはできない。と云うことは、そこに立ち止まることは、理論上不可能な話。
だからこそ、その時を逆らうかのように僕は生きたい。
百田さんのような成り上がりにはなりたくないよね。
雨は視界が悪くなるから気を付けないとね。
この張りぼて日本はどうしたら晴れるのかな?

今日は仕出し屋。
友引で、縁起が悪いと云う事で、葬儀が翌日に送る為に、友引の夜に約2日分のお通夜オーダーが通る。
しかし、恐ろしいほど従業員が少ない。
ここの長は南国生まれなのか、この状況でもなーんとも感じてないみたい。
気が付くと、心の臓に圧迫感を覚える。
正直やばい。
休憩はとる暇ないけど、身体の事を考えたら、少し横になった方がいいかもしれない。
で、現在に至る。
しかし、ふと思ったら、
葬儀会社で心労による死って、笑えないジョークだよね。
そんなこと考えてたら、ふと気持ちが楽になった。
でも、心の臓の痛みだけはどうしようもないみたいだ。
とりあえず、救心は飲んだけどね。

もう少しだけ、横になって厨房に戻ります。