おやすみの国の王様のゆううつ(後編) | ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる

ほらでいっぱいの町にぼくのうそが白い息と共に流れてる

わたしはかもめ。飛べないかもめ。日記みたいなもの。

地球に降り立ったおやすみの国の王様は、


昼間と変わらぬ街の明るさに驚きました。


しかも、以前よりも嫌な粒子がより街を不健康的にきらめかせているように思えて、


降り立ったことを一瞬、後悔しました。


時間は夜の7時。まだ都会は眠らない時間です。



にぎやかな通りをぶらぶらとおやすみの国の王様は歩いていきます。



ふと、公園の入り口あたりに、カップルと思われる男女がなにやら言い合ってるように、


おやすみの国の王様には見えて、そっとカップルのそばに近づきました。



「もうすぐ終電だろ。」


「いやだぁ。帰りたくないぃ。」


「ダメだよ。両親が心配するだろ。もう門限も1時間過ぎてるんだぜ。」


「うーん。」


「なぁ、そろそろ…。」


男の人が突然、言葉に詰まりました。


「どうしたの?」


女の人が心配そうに男の人を見つめます。


「あれ、寝る必要なくね?」


「えっ?」


女の人も少し考えて、


「そうよね。寝る必要ないよね。」


カップルふたりは笑顔になって、


「よし、飲みなおしだぁ!」


「わーい!」


腕を組んで街の中へ戻っていきました。



その光景を、おやすみの国の王様は大きくうなずきながら見ていました。


おやすみの国の王様が「おやすみ」を放棄してしまったために、


「おやすみ」という概念が消えてしまったのです。


より街ににぎやかさが戻ってきました。



「それでいいんのじゃ。それでいいのじゃ。」


おやすみの国の王様はウキウキとスキップを踏みながら住宅地へと入っていきました。



普段、閑静な住宅地の夜も、子供たちのはしゃぐ声が家々から響いてきます。


それが、おやすみの国の王様には軽快な音楽のように聞こえて、


まるでミュージカルスターのように全身に喜びをあふれだしながらスキップを続けています。



少し住宅地を過ぎたところに、ひっそりとした一軒家を発見して、


おやすみの国の王様は立ち止まり、ゆっくりとその家に近づいていきました。


窓から居間を見ると、若い夫婦が寂しそうに椅子に座っていました。


おやすみの国の王様は、気になって、そっと耳を窓につけました。



「あの子が寝ないわ。」


「どうしたらいいんだ。」


若い夫婦は子供が寝ないことを心配しているようです。


「子供は寝ずに元気ではしゃぐのが一番なのに…。」


おやすみの国の王様はそうつぶやきましたが、


すぐに、ある異変に気がつきました。


そういえば、眠らない子供のはしゃぐ声がしない。


おやすみの国の王様は、子供部屋がある部屋を探しました。


子供はベッドで寝ていました。


「なんだ、寝てるでは…。」


しかし、子供は目を開けてさみしそうな顔をして天井を見つめていました。


おやすみの国の王様は壁をすり抜けて、子供のいる部屋へ入っていきました。



「坊やは遊ばないのかい?」


おやすみの国の王様は、優しく声をかけました。


「おじさんはだれ?」


「わしか?わしはな、おや…。あっ、王様じゃぁ。」


「王様かぁ。」


「そうじゃ。」


「神様じゃないんだね。」


「ふむ。」


子供を見ていると、おやすみの国の王様は子供が病弱であることに気がつきました。


「坊やはいつも眠っているのか?」


「はい。」


「そうか。」


子供は弱弱しく微笑むと、


「いつ無くなるかわからない命だそうです。」


「えっ?」


おやすみの国の王様は驚いて、子供を見つめました。


「それは本当なのか?」


子供は小さくうなずいて、


「お父さんやお母さんから聞いたわけじゃないけど、でも、僕の命だからわかります。」


「そうなのか。」


「生まれたときから病弱で、ずっとベッドですごしているんです。」


「うん。」


「だから、ぼくにできることは、お父さん、お母さんが安心して眠ってもらうことだけなんです。」


いつのまにか、子供の瞳に涙があふれて、頬から枕へすっとしずくが流れていきました。


おやすみの国の王様は、ただただ、かける言葉が見つからずに子供を見つめるしかありませんでした。


「王様。」


子供に突然、話しかけられて、おやすみの国の王様は戸惑いながらも、


気持ちを整えて、子供を安心させるように笑顔で、


「どうしたんだい。」


と答えました。


「お父さんとお母さんを安心して眠らせてあげて、ぼくがあたらしい朝を迎えられるように…。」


子供の言葉を聞いて、おやすみの国の王様はある日午後のひとときが鮮明に脳裏に浮かびました。



それは、おはようを伝え終えた。おはようの国の王様とランチをしていた時のお話。



いつものように、おやすみの国の王様は、おはようの国の王様に愚痴っていました。



「お前はいいよなぁ。明るく伝達できて、わしなんて、いっつもつぶやくように言わないとならん。」


またか、という顔をしながらも、おはようの国の王様はおやすみの国の王様ににっこりと笑いながら、


「そういうなよ。俺だって、空元気で言ってる時だってあるんだから…。」


「うーん。」


なんとなく釈然としないおやすみの国の王様に、


「だって、お前にちゃんと素敵な夜を迎えてもらわないといけないだろ?」


「なんだそれは?」



その時の、おやすみの国の王様には理解できなかったが、


今、この子供の言葉で、おやすみの国の王様ははっきりと意味を理解した。


「素敵な夜を迎える。新しい朝を迎える…。そうか!」


おやすみの国の王様がぶつぶつとつぶやく様を不安げに見上げる子供に、


おやすみの国の王様は気持ちの吹っ切れた素敵な笑顔を見せて、



「よし!この王様が坊やの願いをかなえてあげよう!」


子供は驚きの表情を浮かべて、


「ほんとうに?」


と言った。おやすみの国の王様は大きくうなずき。


「だから、早く眠るんだよ。『おやすみ』」


子供は笑顔でうなずいて、


「『おやすみ』」と言った。



そのかすかな声を聞いて、子供の両親があわてて、部屋へ駆け込んで来た。


子供の名前を呼びながら、『おやすみ』を繰り返した。



おやすみの国の王様は、


両親が入ってくる直前に姿を消した。


やさしい穏やかな空気を残して…。



おやすみの国の王様はいいことをしたという満足感と、


逃げ出した罪悪感という複雑な面持ちで、お城へと戻った。



入り口の門には側近が二人、仁王立ちで腕組んで立っていた。


こりゃ、カンカンに怒ってるなぁ。


おやすみの国の王様は、あわてて裏の門へ向かおうとしましたが、


「王様!」


と、側近に見つかり呼び止められてしまいました。



「ごめん。」


おやすみの国の王様は素直に頭を下げました。


「王様。」


側近の優しい声がして、おやすみの国の王様は顔を上げると、


そこには笑顔の側近が居ました。


「ちゃんと見てましたよ。」



あっけにとられて、おやすみの国の王様は、


「そうか、見てたのかぁ。」


とつぶやいた。



「さぁ、いきましょう。王様。」


側近の一人がおやすみの国の王様に声をかけた。


おやすみの国の王様は自分自身に言い聞かせるようにその言葉を反芻すると。


「よし。行くぞ!」


おやすみの国の王様と側近の3人はおやすみの国の先端へ向かった。



おはようの国の王様に新しい朝を迎えさせることと、


明日の夜にあの子供に『おやすみ』を伝えることができることを願いながら…。