思い出なるままに 四国編~6~ | のんびり行こうよ どこまでも 

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ビキナーオヤジモデラーの奮闘記

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昭和59年12月11日 火曜日 雨

朝から抜けるような大雨で憂鬱になるがレインスーツを着込んで荷物を濡れないようにパッキングして私は恨めしそうに空を眺めながら午前10時に冷たい12月の雨の中を出発した。

徳島から国道11号線に乗り雨に煙る道路をひたすら高松に向けて走った。

シールドが曇り視界が悪いのでシールードを少し開けて走行した。

鳴門市は鳴門海峡を右手に見ながら走った。

鳴門の渦をゆっくり見たかったが土砂降りなので単車から降りる気も起きずに走ることにした。

鳴門海峡には工事中の本四連絡橋の橋脚が点々と建っていた。

将来ここに大きな橋が架かるんだなと思いながら鳴門海峡を過ぎて国道11号線は緩やかに海岸に沿って高松まで延びていた。

高松に到着したのが正午を回ったぐらいだった。

雨が激しいので高松を観光する気が起きなかったので、私は幸いフェリーは運航していたので高松からフェリーに乗って四国を脱出することにした。

宇高国道フェリーは岡山の宇野と香川の高松を結ぶ海上の国道である。

私は国道にこだわっていたので国道フェリーと言うネーミングが気に入って乗ることにしたのだ。1時間の船旅は快適であった。

乗船料金は1360円と言う低価格で船内は豪華でホテルのような感じであった。

私はデッキ上で海を眺めていると船員がやってきて話しかけてきた。

その人は単車乗りであると言うので話が盛り上がった。コーヒーを奢ってくれて旅の成功を祈ってくれた。

良い人だと私は率直に思った。

1時間の船旅はあっという間に過ぎ私は単車のある駐車場に移動してゲートが開くのを待った。岡山は雨が降っていなかった。

接岸されてゲートが開いてバイクから誘導されて船から下船した。

いよいよ本州に再上陸であった、私は嬉しくてガッツポーズをしながら船から下船した。

フェリー乗り場から少し走ったところで違和感を感じた、後輪が振れてハンドルを取られた、パンクだ。私は咄嗟にそう思い減速をして直ぐに停車した。

後輪の空気は完全に抜けていた。釘が見事に刺さっていた。

本州上陸早々にパンクとは気分が滅入ってしまうと思い途方に暮れてしまった。

ふと周りを見渡してみたら何と前方にバイク屋さんの作業工場らしきところを発見したのでそこで事情を話して修理する場所を借りて修理することにした。

ここにはタイヤチェンジャーと言うタイヤを外す器械があったのでそれでタイヤをリムから外してもらってあとは自分でコツコツとパッチを貼ってパンクを直そうと思いセンタースタンドをかけてタイヤを外そうとしていたら単車が安定を失い倒れてしまった。

倒れた時にブレーキレバーが折れてしまったがメゲずにパンク修理をして場所を貸してくれたバイク屋さんにお礼を言って気を取り直して再び走り始めた。

30号線は岡山で終点となり私は岡山から2号線で東へ走り続けた。

バイパスのように単調な2号線で備前を抜けて兵庫県に入った。

兵庫に入った頃にはすっかりと日も暮れて夜の帳が落ちていた。

パンク修理で予定外の時間を取られたので宿泊先も決められずに取り敢えず姫路に向ってみた。姫路の市街地に到着したのが午後7時半を回っていた。

姫路は都会的な町並みだった。

姫路の市街地で適当に宿を探してみた。

繁華街の一角のカプセルホテルに泊まれると言うので泊まる事にした。

フロントに大きな荷物を預かってもらいタンクバッグひとつを抱えてベットに向った。

カプセルホテルは初体験であった。

案内されたベットは寝台列車のようなベットが2段づつ部屋の両壁にびっしりとはめ込まれていてまるで蜂の巣のようであった。

とりあえず風呂に入って汚れを落としてから繁華街に出て食事を済ませてホテルに戻り狭いベットに潜り込んで貪るように眠りについた。