昭和59年11月29日 木曜日 晴れ
朝起きると私の枕元にメモ書きが置いてあった。
見ると同室の彼からのメモで
「先に行きます。一人旅頑張ってください。事故に気をつけて 元気で」
と言うメモ書きであった。正直、嬉しかった。今でもこのメモ書きは大事に取ってある。
午前9時40分、私は荷物をパッキングして指宿のユースをあとにして今日は本土最南端の佐多岬を目指すことにした。
226号線指宿の南側に位置する山川町から対岸の根占町までフェリーで渡り269号線で南下して佐多岬を目指した。
269号から県道にかわり狭いウネウネとカーブの続く道の先に佐多岬ロードパークと言う有料道路がありその先に佐多岬があった。
駐車場に何台かバイクが停まっていた。
見慣れたスズキのDR250が停まってた、写真家の二塀さんだ。
もう偶然に身を委ねて旅の醍醐味を満喫しようと思った。私も駐車場に整然と単車を停めて遊歩道で佐多岬まで歩くことにした。
アップダウンの遊歩道を歩いた先に展望台があった。
海の碧さにはいつ見ても心を奪われるし岬の形の綺麗さに心が奪われた。
岩場の自然が織り成す造形美とでも言うべきか。
この佐多岬で二塀さんと景色を見ながら昼食をしていつものコーヒーブレイクをした。
そして本日は二塀さんが都井岬まで行くと言うのでお供することにした。
簡単に書いているが佐多岬から都井岬までは道路も狭くカーブが続くようなコンディションの良くなくて距離もあるので苦労は必至であった。
佐多岬ロードパークを逆戻りして県道を北上して269号線で大根占町まで行き右折して448号線に乗っかった。
この448号線は半島を横切る形で延びていて峠の王道みたいなヘアピンコーナーの連続で荷物を満載した単車ではかなりきつかった延々と続くワインディングはやがて緩やかになり半島の対岸に出た。
448号線は右手に太平洋を望みながら左手には緑深い山々を見て北に向かって海岸伝いに延びていた。
内之浦と言う町をぬけたのだが、この内之浦には東大のロケット基地があるらしい。
ワインディングが続く海岸線を走り続けていたら448号線は国道220号線に合流した。
右折して22号線を東に向かって走った。220号線で志布志町まで来たときには既に日が暮れていた。
都井岬までは50キロ近くあった。
暗闇の中220号線を串間で右折して都井岬に続く県道に入った。
ここから24キロである、まったく外灯がない県道は山道で狭いうえに恐ろしいくらいのヘアピンカーブが続いていた。
さすがに真っ暗闇のヘアピンはきつかった。ヘッドライトの灯りが闇に吸い込まれて先を走る二塀さんの明かりなど殆ど見えない、二塀さんについて走るのがやっとであった。
何度か二塀さんがヘアピンコーナーのライン取りがわからずに慌ててブレーキをかけるのが見えた。
どのくらい暗闇を走ったのかわからない、やっとの思いで都井岬のユースにたどり着いたのが午後9時を回っていたがユースのペアレントさんは暖かく出迎えてくれた。
二人は疲れた体を風呂に入ってからいつものトリスを飲んで癒した。


