8月9日 記念日 その3 | スズメの北摂三島情報局

スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

パークの日(駐車場の日)。
東京都千代田区有楽町に本社を置く、駐車場管理業者としては日本国内最大手の貸し駐車場管理会社、パーク24株式会社が制定。日付は、8月9日の「8」と「9」で、「パー(8)ク(9)」の語呂合せから。不正駐車・路上駐車の引起こす問題について再認識し、できるだけ駐車場に車を停めるように心掛ける日。パーク24株式会社は、日本国内各所でコインパーキング『タイムズ』を展開している。現在では、駐車場管理業の他、大型駐車場・ビル型駐車場等の施設駐車場といった、様々な駐車場事業を展開している。『タイムズ』は、遊休地である場所に一定期間駐車場を供給できるシステムで、「1台分あれば契約可能である」ことが強みとなっている。ロック付きの無人駐車料金徴収装置による24時間無人時間貸駐車場、というのがポイントで、現在、国内最大の駐車場ネットワークを形成している。他にも、必要な時に必要な分だけ車を使える、「カーシェアリング」サービスも提供している。パーク24株式会社の創業者は、馬主としても有名で、漫才師・タレント・司会者・元参議院議員の西川きよし(本名:西川潔)と同音異字の実業家、西川清である。西川清は、無人の駐車場管理を可能にするパークロックシステム(駐車すると、地面からロック板が上がってきて車が出られなくなる機械)が設置されていることに気付き、製造元の日本信号株式会社(信号機・自動改札機等のメーカー)が、民間への営業窓口を持っておらず、この斬新な製品をうまく普及させることができていなかったため、西川清が独立して、駐車禁止表示看板の販売事業を行なっていた株式会社ニシカワ商会が、病院やホテルに売込んで成功する。そして、株式会社ニシカワ商会から、駐車場の保守・運営管理部門を独立させる形で、パーク24株式会社を設立した。パークロックシステムを利用した24時間無人の時間貸駐車場『タイムズ』を展開し、車が数台しか止められないような狭い土地でも経営が成立するため、土地を有効活用したいオーナーのニーズと、身近な場所に時間貸駐車場を望んでいたドライバーの需要の両方を捉え、日本最大の駐車場ネットワークの形成に至っている。駐車場は、車両、中でも自動車を駐車するための場所である。大阪府を始めとする西日本、及び中部地方の一部では、民間駐車場のことを「モータープール」と呼ぶ。元々、アメリカ軍の車両部隊や官庁の公用車の待機所、又は部隊自体を指す言葉で、原語の「motor pool」に駐車場の意味はない。現在でも、アメリカ軍施設や自衛隊では用いられており、厳密に言えば、日本各地に存在する。また、近畿地区では、屋根のない駐車場でもガレージ(車庫)と呼ぶ。コインパーキングは、不特定多数の利用者が空いている車室に駐車し、利用した時間分の料金を支払う駐車場である。24時間無人の時間貸しで営業を行なう場合が多い。駐車場は屋外と屋内のタイプがあり、駐車台数は数台から数十台となっている。駐車場の管理は、小規模の場合(1台から8台程度)はロック方式(フラップ板)、大規模の場合はゲート方式で行ない、発券機や精算機を設置している。ロック方式(フラップ板)の場合は、駐車を行なうと、各駐車スペースに設置されているセンサーが感知し、地面に埋め込まれたフラップ板がせり上がり、車両を動かせないようにする。精算機で駐車スペースの番号を入力し、料金を支払いロック板が下がることで車両を動かせるようになり、出庫が可能となる。ゲート方式の場合は、各駐車スペースにはセンサーは設置されず、ゲートバーのみの管理となる。企業や各種団体、個人地主が保有する遊休地の有効活用策の1つとして設置されるようになったが、2006(平成18)年6月1日から「道路交通法(昭和35年6月25日法律第105号)」が改正・施行され(「道路交通法の一部を改正する法律[平成16年6月9日法律第90号])、駐車監視員による駐車違反の取締りが行なわれるようになり、コインパーキングの需要が高まっている。
ハリ・灸・マッサージの日。
8月9日の「8」と「9」で、「鍼(はり[8])灸(きゅう[9])」の語呂合せから、東京都新宿区四谷に本部を置く、鍼(はり)師、灸(きゅう)師、あん摩マッサージ指圧師によって構成される職能団体(法律や医療等の専門的資格を持つ専門職従事者らが、自己の専門性の維持・向上や、専門職としての待遇や利益を保持・改善するための組織)、社団法人全日本鍼灸(しんきゅう)マッサージ師会(現在は、公益社団法人となっている)が、鍼灸マッサージの普及のため、2003(平成15)年に制定。記念日に合わせて、全国各地で無料体験や健康相談、有資格者のPR等を行なっている。鍼灸とは、身体に鍼や灸を用いた刺激を与えることで、多様な疾病への治療的な介入や、健康増進を目指す医療技術である。中国医学系伝統医学で用いられる治療法の1つで、補完・代替医療と見做されることもある。身体へ加えた様々な物理刺激による、治療的経験則の数世紀に亘る集積を、技術論として構築した技法が「鍼灸」であり、近世まで、生薬方と共に、東アジア各国の主要な医療技術として発展した。特に、17世紀から19世紀の日本において、鍼灸は独自の発展を遂げ、現在世界的に活用される鍼灸技法の基盤を形成した。中国を中心に、東アジア各地で近代まで行なわれてきた医療の主流は、生薬を用いた「生薬方」と、物理療法である「鍼灸」である。日本においては、生薬方を用いる医師と鍼灸を用いる鍼灸医は、早い時代から分業化していたことが知られているが、分業が決定的になったのは、江戸時代の盲人政策による。江戸幕府の政策として、「按摩」を盲人の専業として規定したところから、手技が連続する鍼灸も、時を経ずして盲人の職業となっていった。これにより、日本においては、一般的な生薬を用いる医師(漢方医)と、盲人による鍼を用いる医師(鍼灸医)が医療の担い手となる。盲人が鍼灸を担った歴史は、世界の鍼灸を見渡しても例がなく、日本の鍼灸は、非常に特異な経緯を辿ったものと言える。幕末から明治初期にかけての西欧医学の導入に際して、漢方医は比較的スムーズに西欧医に移行したが、鍼灸医については、当時の西欧医学には対応する技法もないため、医療職からは除外され、「盲人の職業保護」との名目で、慰安業としての「はり・きゆう・按摩」の資格と盲学校が残された。しかし、実際には、第122代天皇、明治天皇を始めとして鍼灸に信頼を寄せる人々も多く、鍼灸は、現実には第二次世界大戦前までの国民医療の一端を担ってきたのが実情である。第二次世界大戦後、それまで営業鑑札であった「はりきゆう」の免許が国家資格となり、幾度かの法改正を経て、現在では、3年以上養成機関で学ぶことが、「はり師」と「きゅう師」の国家試験受験要件となっている。鍼(はり)とは、身体の特定の点を刺激するために専用の鍼を生体に刺入、又は接触する治療法である。灸(きゅう、やいと)は、 経穴(つぼ)と呼ばれる特定の部位に対し、温熱刺激を与えることによって生理状態を変化させ、疾病を治癒すると考えられている、伝統的な代替医療、民間療法である。また、按摩(あんま)とは、なでる、押す、揉む、叩く等の手技を用い、生体の持つ恒常性維持機能を反応させて健康を増進させる手技療法で、按摩の按とは「押さえる」という意味であり、摩とは「なでる」という意味である。マスコミ等では、マッサージ師と言換えることもある。日本では、「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(あはき法、昭和22年12月20日法律第217号)」において、あん摩マッサージ指圧師免許、若しくは医師免許(共に国家資格)がなければ、按摩を業として行なうことができない。しかし、按摩の手技定義が法的に明文化されておらず、また、医業類似行為においては、患者に害のある行為と立証されない限り、「職業選択の自由」の観点から法的に禁止できない、との最高裁判所判断もあり、国家資格でない各種民間療法は禁止の対象とならない。