5月12日 できごと その2 | スズメの北摂三島情報局

スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

1946年 - 東京都世田谷区で、デモ活動(ある特定の意思・主張をもった人々が集まり、集団でそれら意思や主張を他に示す行為)の「米ヨコセ世田谷区民大会」が行なわれる。そして、5月19日の「飯米獲得人民大会」に発展し、東京都麹町区(現在の東京都千代田区)にある宮城前広場に、約25万とされる群衆が集結して、政治集会が開催される。この時、初めて赤旗(社会主義や共産主義を象徴する旗)が皇居内に入っている。
1948年 - 厚生省(現在の厚生労働省の前身の1つ)が、「児童福祉法(昭和22年12月12日法律第164号)」に基づいて、母子手帖の配布を開始する。第二次世界大戦対米英戦直前の日本では、戦時体制下に日本軍の徴兵制度による、極端な人口増加施策の一環として、目的や結果はともかく、出産から保育の環境が著しく急速に整備される。1942年、国による妊産婦手帳制度が発足し、戦時下においても、物資の優先配給が保証されると共に、定期的な医師の診察を促すことを目的とする。社会保障(生活の中で、不測の事態が起きたとしても安心して生活が送れることを保障する仕組み)等の社会福祉の分野で、社会福祉を象徴する法制度である社会福祉六法の1つで、児童の福祉を担当する公的機関の組織や、各種施設、及び事業に関する基本原則を定めている「児童福祉法」が1947年に施行され、翌年から、妊産婦手帳の母子手帳への衣替えが行なわれると共に、内容の充実が図られる。1966年、母性、並びに乳児、及び幼児の健康の保持及び増進を図るため、母子保健に関する原理を明らかにすると共に、母性、並びに乳児、及び幼児に対する保健指導、健康診査、医療、その他の措置を講じ、もって国民保健の向上に寄与することを目的として制定された法律、「母子保健法(昭和40年8月18日法律第141号)」が施行され、翌年からは、母子手帳が母子健康手帳に衣替えする。1981年の「母子保健法」改正により、母親が成長記録が書込める方式へ変更され、1991年の「母子保健法」改正では、都道府県交付から市町村交付へと変更されている。
1948年 - 「無頼派」や「新戯作派」とも呼ばれる「破滅型作家」の代表的な存在とされる作家、太宰治が中編小説 『人間失格』を脱稿する。太宰治の代表作の1つとされる中編小説 『人間失格』は、完結作としては太宰治の最後の作品で、体裁上は私小説形式のフィクションでありつつも、主人公の語る過去には、太宰治自身の人生を色濃く反映したと思われる部分があり、自伝的な小説とも考えられている。しかし、太宰治の入水自殺により、その真偽については不明な部分が多い。
1949年 - 東西冷戦(44年間続いた、第二次世界大戦後の世界を二分した、西側諸国のアメリカ合衆国を盟主とする資本主義・自由主義陣営と、東側諸国のソビエト連邦を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立構造): ソビエト連邦がベルリン封鎖(ソビエト連邦政府が、西ベルリン[現在のドイツの首都ベルリン西部の地域]に向かう全ての鉄道と道路を封鎖していたもの)を解除。
1958年 - アメリカ合衆国とカナダの政府間協定が成立し、統合防衛組織、北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD[ノーラッド])が発足する。北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD[ノーラッド])は、24時間体制で、人工衛星の状況や地球上の核ミサイル、戦略爆撃機等の動向を監視している。北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD[ノーラッド])の総合指揮監督は、アメリカ合衆国大統領とカナダ首相が共同で行なっており、慣例的に、北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD[ノーラッド])司令官は、アメリカ軍において北米地域を管轄する地域別統合軍であるアメリカ北方軍(USNORTHCOM)司令官(大将)が兼任し、副司令官は、カナダ空軍の将官(中将)が務める。
1965年 - ソビエト連邦の月探査機「ルナ5号」が月面に衝突する。
1968年 - インド洋南西部、マダガスカル島東方沖のマスカリン諸島に位置するモーリシャスがイギリスから独立。
1970年 - 瀬戸内シージャック事件。広島市南区にある宇品港で、定期旅客船『ぷりんす号』が、窃盗で逮捕された後に逃走していた男に乗っ取られる。翌5月13日に、警察が男を狙撃して逮捕する(男は後に死亡)。なお「シージャック」という言葉は、「ハイジャック」から造語された和製英語である。警察官が犯人を狙撃することによって人質を救出し、解決した事件として知られる瀬戸内シージャック事件では、警察側が殺人罪や特別公務員暴行凌虐罪で告訴され、その後の人質事件において、日本の警察が犯人狙撃というオプションに対して慎重になっている原因として、マスコミが取上げることがある。1990年代以降、犯罪の凶悪化により、警察官の受傷、殉職事案が増加したことに伴ない、2001年の「警察官等拳銃使用及び取扱い規範(国家公安委員会規則昭和37年5月10日第7号)」改定により、拳銃使用要件が明確化され、警察官の拳銃使用件数は、改定前に比べ増加している。
1971年 - 田畑百貨店火災。千葉市中央(現在の千葉市中央区中央)にある地上8階建の『田畑百貨店』(後に、ファッションビル「千葉パルコ」となったが、現在は営業を終了している)で火災が発生。死者1名、負傷者63名の被害を出し、商業施設に対して消防当局が、改善を指導するきっかけとなる。 
1975年 - ベトナム戦争: マヤグエース号事件。アメリカ民間船籍のコンテナ船『マヤグエース号』が、東南アジアのインドシナ半島南部に位置するカンボジアによって拿捕される。載貨重量トン数(貨物[自己の燃料等も含む]の最大積載量の重量)10,766トン、乗員39名の『マヤグエース号』は、アメリカ合衆国政府の依頼により、タイ駐在のアメリカ大使館やアメリカ軍部隊向けの食料品や日用品1,000トンを輸送中、カンボジア軍の高速警備艇2隻に停船を命じられ、接舷移乗してきたカンボジア兵の指示に従う。アメリカ合衆国政府は、拿捕を海賊行為であるとして非難し、即時解放を求める声明を発表する。そして、アメリカ軍による救出作戦が行なわれ、カンボジア軍との間で、双方合わせて約80名の戦死者が出る戦闘となる。救出作戦は空振りに終わったが、カンボジア側は、拘束した船員らを全員解放する。この作戦は、ベトナム戦争における最後の戦闘と見做されている。 
1979年 - 初の本州四国連絡橋として、大三島橋が完成する。大三島橋は、瀬戸内海中部の鼻栗瀬戸に架かる全長328mのアーチ橋である。現在の愛媛県今治市に属する伯方島と大三島を結び、しまなみ海道(西瀬戸自動車道、国道317号バイパス)の一部を構成する。
1984年 - 日本放送協会(NHK)が、テレビ衛星放送の試験放送を開始。
2000年 - テート・モダンがオープン。テート・モダンはイギリスの首都、ロンドンのテムズ川畔、サウス・バンク地区にある国立の近現代美術館である。国立美術館ネットワーク「テート」(イギリス政府の持つイギリス美術コレクションや、近現代美術コレクションを所蔵・管理する組織)の一部となっており、入場無料である。
2008年 - 四川大地震。中華人民共和国中西部に位置する四川省アバ・チベット族チャン族自治州汶川県で、逆断層型の直下型地震が発生。地震の規模は直下型地震(プレート内地震)としては世界最大級のマグニチュード(M)7.9、国際連合の国際防災戦略(ISDR)によれば、死者は87,476名とされる。負傷者数370,000名以上、家屋損壊は4,000,000棟以上とされ、地すべり(斜面を形成する地塊[土砂・岩塊]が、地下の地層中に円弧状、又は平面状に形成される地質的不連続面、即ち「すべり面」を境にして、すべり面上の地塊がゆっくりと移動する現象)等の土砂災害も広い範囲で発生しており、被災地域は、日本の国土面積の約4分の1に相当する約100,000平方mに及ぶ。病院や学校の多くが地震に弱い構造であったことや、防災意識が低く、避難訓練等が全く行なわれていなかったことが、死傷者拡大の原因となっている。
2010年 - アフリキヤ航空771便墜落事故。南アフリカ北東部にあるヨハネスブルクから、北アフリカに位置するリビアの首都トリポリに向かっていた、アフリキヤ航空(リビアの国営航空会社)771便エアバスA330-202型機が、トリポリ国際空港への着陸に失敗し墜落。乗客93名、乗員11名の計104名の内、オランダ国籍の8歳の男児1名を除く乗客92名、乗員11名の計103名が死亡する。
2011年 - 立川6億円強奪事件。東京都立川市の警備会社に2人組の男が押入り、現金約6億円が奪われる。後に、暴力団を背景とした組織的犯行の可能性が強まり、計23名が逮捕・起訴されている。ただ、奪われた現金は、約2億4千万円が逮捕者から回収されたが、残り約3億6千万円が未回収となっている。 
2022年 - 2020年1月の発生以来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者はいないとしていた北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)で、国営メディアにより、初めて感染者確認が報じられる。