この前、家でちょっとした衝撃を受けました。
妹の机の上に置いてあった英語のノートを、なんとなくパラッと開いたんです。
「え、なにこれ。めっちゃ綺麗!」
ページ全体が、まるで参考書の見本みたいに整っている。
文字はそろってるし、行間もピシッと均一。
例えるなら、ちょっとおしゃれなフォントを使った印刷物みたい。
私は一瞬本気で
「え? うちの妹、いつの間に書道マスターになったの?」
と混乱しました。
だって、正直に言うと、妹の字って「普通」なんです。
悪口じゃなくて、本当に平均的な学生の字。
だからこそ、突然こんなに美文字になっていたらビックリしますよね。
「ねぇ、これ本当に手書きなの?」と恐る恐る聞いてみたら、
妹はあっさり「AIで作ったノートだよ」と言いました。
……えぇーーー![]()
努力の結晶かと思いきや、まさかのAI。
実際に使っていたのは Refont というサイトで、書法っぽいものからサイン風、華やかなデザインまで、さまざまなスタイルを出せるそうです。
まさか自分の家族から、こんな最新トレンドを突きつけられるとは思いませんでした。
で、ここからが本題。
私は昔から字が綺麗じゃありません。
答案用紙なんか、
「これ読めるかな…」
と不安になりつつ提出したことが何度もあるタイプです
。
でも不思議なことに、ノート整理とか手帳作りはめっちゃ好きなんです。
色ペンで見出しを工夫したり、余白に落書きを入れたりして、出来上がったページを眺めるのが小さな楽しみでした。
だからこそ、妹のAIノートを見た瞬間、心がちょっと揺れたんです。
便利なのはわかる。
でも同時に、
「私の字はどうなるの?」
「努力してまとめたノートの存在価値って…?」
と小さな嫉妬と不安が混ざった気持ちにもなりました。
だって、AIが作るノートは完璧すぎるんです。
行間も均一、文字もバランスばっちり。
だけど逆に言えば、「人間らしさ」が消えてしまう。
例えば、手書きのノートなら、字が崩れているページを見て
「ああ、この日は眠くて集中力ゼロだったな」
と思い出せるし、強調しすぎて太字になった部分を見て
「ここは苦労したな」
と振り返れる。
その小さな痕跡が、後から見返したときに愛着につながるんですよね。
一方、AIノートはどこを見ても同じクオリティ。
フォントのカタログを見ているようで美しいけど、そこに「自分の汗と涙」は見えてこない。
私はその違いに気づいたとき、「あ、手書きってやっぱり捨てられないな」と思ったんです。
じゃあ結論としてどうするか。
私は「両方使えばいいじゃん」に落ち着きました。
勉強で効率を求めたいとき、人に見せる用のノートはAIに任せて、好きなフォントを選んで綺麗に仕上げる。
特にフォントは見やすさも変わるし、学習効率アップに役立ちそう。
そして、自分の気持ちや日常を残したいときは、あえて手書きで。
そこにちょっとした落書きや失敗があるからこそ、「自分だけの記録」になるんですよね。
妹のノートに驚いたあの日から、私はフォントの面白さを知りました。
でも同時に、自分のぐにゃぐにゃした字にも愛着がある。
完璧じゃないからこそ「これぞ私のノート!」と思える部分もあるんです。
最終的に思ったのは、ノート作りに正解なんてないってこと。
AIに頼ってもいいし、手書きで味を出してもいい。
大事なのは「書いていて楽しいかどうか」。
そう考えたら、字の上手い下手も、AIか手書きかも、そんなに気にすることじゃないのかもしれません。
だから私は今日もまた、へたっぴな字で手帳を埋めています。
ページの端っこに謎の落書きもいっぱい。
でもそれが私にとっては最高に「自分らしいフォント」なんです。
