彼と彼女と僕のいた部屋 -4ページ目

2013年01月のメッセージボード

2013.01.05
人間の自己認識を生みだすプロセスは、冗長性をもたせるために脳のもっとも原始的な部分でも重複しておこなれていたのだ
『エキストラ』グレッグ・イーガン

現在の「僕」たち【41】「後輩の弱点」

「ただ、後輩くんのデコレーションにはちょっと問題があってな」先輩が眉をひそめる。「どうも商業向きがじゃないような気がするんだ」
 僕は首をかしげた。
「どういう意味です?」
「斬新で色と色がぶつからないようなセンスを持ってることは確かなんだ」
 先輩が口にした、「色と色ぶつかる」とはデコレーションをするさいによく生じる問題である。
 ケーキに使う青果は赤色やピンク色、オレンジ色といった暖色系が多い。たとえばイチゴや桃、グレープフルーツなどである。これら暖色系のフルーツを白い生クリームの上に乗せると見栄えが悪くなる。全体にぼんやりとした印象になってしまうのだ。
 僕がいたケーキ屋ではこの現象を「色と色がぶつかる」と表現していた。僕はケーキを作る仕事をこのケーキ屋でしかしたことがないので、「色と色がぶつかる」という言葉ば業界用語なのかわからない。
 とにかく、この「色と色がぶつかる」現象をふせぐために、イチゴや桃の合間合間に寒色系のフルーツを挟む必要がある。しかし、果物で寒色系の(いろど)りを持つものは意外に少ない。一番多く使われるのがキューイフルーツである。単なるイチゴのショートケーキはでなく、イチゴと桃のあいだにキューイフルーツを置くだけでケーキの商品価値がぐっと上がる。多少、売値が高くとも、見た目の美しさに女性のみならず、お土産として中年の男性が購入することも多い。
 しかし、この暖色系と寒色系の使い分けが非常に難しい。寒色系のフルーツが暖色系に比べて圧倒的に少ないからだ。なのでケーキ屋で提供されるケーキの多くには「チャービル」という小さな香草が添えられていることが多い。香草なので香りが豊かになるのが狙いでもあるが、主たる目的は色彩を整えるためだ。
 普通のイチゴケーキにチャービルを載せるだけで見栄えが良くなる。もちろん、シンプルなイチゴのケーキは根強い人気がある。が、誰かへの贈り物だったりしたときには真っ赤なイチゴの隣にちょこりと緑のチャービルが載ったイチゴのケーキが売れることが多い。
 チャービルはただの香草であるが需要が低いために少々割高である。それでもチャービルという付加価値を付けると、普通のイチゴのケーキが二割から三割増していどの値段で売れる。要は、需要と供給の問題である。
 僕は色彩感覚がゼロであった。焼き場に入ることになったのも、僕に色彩の才能がなかったからだ。僕にケーキのデコレーションはむいていなかった。
 色彩感覚は天性によるところが大きい。多少の努力であるていどの実力はつく。しかし、いくら色彩検定などを勉強してもできる人間はできるし、できない人間はできない。
(後輩は色彩感覚が良い。先輩もその点は認めてる。でも、何で商業向きじゃないんだ?)
 僕が首をひねっていると、先輩がコーヒーで口をしめらせると、さとすように話した。
「ある日、後輩くんにデコレーションをやらせてみたんだ。そしたら、初めてにもかかわらず店長をうならせたんだ。『これはすごい』って」
「あの店長が人を()めるなんて珍しいじゃないですか」
「問題はそこからだ。調子に乗って店長がさらにデコレーションをさせたんだ。けど、ここで問題が起こった」
「どんなですか?」
「後輩くんは同じデコレーションができないんだ」
「……ああ」
 僕は深くうなずいた。先輩の言わんとしていることが理解できたからだ。
 先輩が言葉を継ぐ。
「二つ目に作ったデコレーションは同じ材料なのにまったく別のケーキになってしまったんだ」
「それはまずいですね」
 ケーキ屋には均一性が求められる。
 たとえば、ケーキ屋のショーウィンドウには同じサイズ、同じデザインのケーキがずらり並んでいる。寸法が違ったり、同じイチゴのケーキでもデコレーションがバラバラなのではショーウィンドウ全体の統一感がなくなってしまう。
 同じ材料、同じ価格なのにデコレーションが違えばショーウィンドウ全体、ひいては店舗全体の統一性をなくしてしまうことになる。統一性がなくなった店の評価はうんと落ちる。ケーキは目で目で楽しむ側面が大きい食べ物だからだ。
 後輩が趣味でケーキ作りをしているならば、個性的なデコレーションは評価されるべきであろう。が、ここは商売としてのケーキ屋である。趣味と商売は根本的に違う。
(僕たちはケーキを作ることで生計を立ててるんだ。他の店と格差をつけるために独創性は必要だろう。しかし、その独創性の中にも均一は必要だ)
 先輩がコーヒーを再び口にした。
「だから店長は後輩くんをいったんデコレーションをするところから焼き場に移したんだ。スポンジケーキにしろシフォンケーキにしろ均一化は絶対条件だからな。たとえデコレーションがそろっていても中身のスポンジケーキが粉っぽかったり、フワフワじゃなかったりしたら意味がないからな。店長は後輩くんに焼き場で、『均一すること』を学んで欲しいと思ってるようだ」
 僕は関心した。
(店長はそんなこと一言も口にしていなかった。けど、先輩は店長の心づもりを読み取っている。やっぱり、先輩は優秀な人間なんだ。どうして本社から、この店舗に落っこちることになったんだろう?)
 僕は悟られないように、そっと先輩の顔をうかがった。
 先輩は僕の視線に気が付いていないのか、コーヒーをぐっと一気に飲み干していた。

現在の「僕」たち【41】「後輩の可能性」

 それから僕はせっせと今日のノルマであるロールケーキ用のシフォンを次々に焼いた。
(久しぶりに一人でケーキを焼くな。こうして一人で黙々とケーキ作るのも悪くない。退職前に仕事の楽しみがわかるなんて皮肉だな)
 僕は卵白を泡立てながら自嘲(じちょう)した。
 作業中、僕はときどき後輩に視線を送った。
 後輩はびっしりと文字が埋まったメモ用紙を片手に一枚一枚シフォンを焼いている。
 後輩に一人でシフォン生地を焼かせることに意味はあった。何か発見があったのか、ときおりつぶやきながらメモに何かを書いている。
(やっぱり仕事ってのは教わるだけじゃ駄目なんだ。自分で自分のスタイルを見つけないと)
 現に僕がそうであった。
 僕は先輩からケーキの焼き方をあるていど学んだ。が、先輩は必要最低限のことしか教えてくれなかった。あとは、僕自身で僕なりのケーキの焼き方を見つけていった。
(人それぞれにやり方がある。僕は必要以上に後輩にものを教えすぎた。先輩はものを教えるのが上手だったんだな)
 後輩がのろのろとシフォンの生地作りをしているあいだに、僕は今日のノルマのシフォン生地を焼き上げた。焼きあがったシフォンはばんじゅうに入れて熱を取り除く。
(スピードが遅いのは仕方がない。焦ってミスをするよりも確実に一つひとつの仕事をこなすことが大切だ。後輩はそれをしっかりとわかってる)
 僕はあえて焼き場に後輩を残すことにした。
「今日のノルマは終わった。あとは気の済むまで一人で焼いてみるといい。僕は休憩室にいるから何かあったら呼んで」
 後輩は卵白を泡立てながら返事をした。
「わかりました」
 後輩の声にいつもの活力がない。目線も上げず、ステレンスのボールの中でかき回される卵白を見つめている。
(集中してるんだな。そういえば、僕のときも先輩が意味もなく焼き場を離れることがあった。あれは僕に気をつかってくれたんだ)
 当時は先輩が単に休みを取りたい怠け者だと思っていた。しかし冷静に考えてみればそれはない。先輩は根は真面目な性格である。
(自分よりも目上の人間がいると作業に集中できないことがある。自分の先輩に、『ここは違う』と指摘されないかと不安になることがある。彼を教える立場になって、教える立場としての先輩の気持ちが理解できたような気がする)
 僕は焼き場を離れた。店舗の裏側のほうへ回る。
 (さ/rt>)びた階段をのぼり、休憩室に入る。
 休憩室に入ると、先輩がぼんやりとテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。
 僕は驚いた。
「何でこんな時間に先輩がここにいるんですか?」
 先輩も目を丸くした。
「それはこっちの台詞だ。お前、今は後輩くんと焼き場にいる時間帯だろう? シフォンの焼き方を教えなくていいのか?」
 僕は先輩の対面に座ると、ことの経緯を手短に話した。
 先輩は興味深げに僕の話を聞いた。
「なるほど。それで後輩くんをひとり焼き場に残したわけか」
「はい。ところで先輩はここで何してるんですか? サボりですか?」
「アホ。昼前にレジの女の子が早退したんだ。それで俺がレジに立つことになって、昼休憩が取れなかったんだ。今がちょっと遅い昼休憩だよ」
「レジの女の子、何で早退したんですか?」
 先輩はコーヒーを飲み干した。
「さぁ。バイトだからあまり深く聞けなかったな。本人は『体調不良』って言ってたな。月のものかもな」
 僕は休憩室を見渡した。
「先輩、そういうことは男だけのときに言ってくださいね。今は先輩と僕だけだからいいですけど」
 先輩は笑った。
「わかってるさ。ところで後輩くんの様子はどうだ? レジに立ったとき、お客さんから変なこと言われたぞ。『この店のレシピって変わったんですか?』って。どうやらシフォンケーキの味、というよりも食感がいまいちだったらしいんだ。常連さんだったみたいだからお詫びにちょっとしたクッキーの袋詰を渡しておいた」
 僕は先輩の前で大きくため息をついた。
「それ、僕の責任です」
「どういうことだ?」
「たぶん、そのシフォンを作ったのは例の後輩くんです。僕の教え方が悪くてシフォンを硬く焼く癖をつけちゃったんです」
「さっきの話の続きか。だから、後輩くんは一人、焼き場で特訓してるのか」
「彼を責めないでくださいね。余熱でシフォンが焼けることを伝え忘れたのは僕ですから。むしろ怒られるのは僕のほうです」
 先輩はテレビのリモコンを取ると電源を落とした。腕を組む。
「ま、人間だれしもミスはあるさ。後輩くんもだんだんと実力をつけていくだろうさ。それよりも焼き場に入る前、後輩くんのデコレーションを見たことがあるか?」
 後輩が焼き場に入る前にスポンジケーキなどにクリームを塗り、デコレーションをしていたことは耳にしていた。が、実際に後輩が手にしたデコレーションケーキを目にしたことはなかった。
 僕は首を横に振った。
「いえ、デコレーションも不出来なんですか?」
 先輩は両目を細くした。笑ったのだ。その笑みは期待に満ちていた。
「逆だ。あんなデコレーションは見たことがない。実に斬新なんだ。斬新だけど、色調がしっかりとしていてカラーのバランスが取れてるんだ。あの後輩くん、ひょっとすると化けるかもしれないぞ」
 先輩の語り口調は上機嫌であった。

現在の「僕」たち【40】「伝え忘れたコツ」

 オーブンの横に磁石でへばり付いているタイマーが、
「ピピッ、ピピッ、ピピッ」
 と音を立てた。シフォンが焼きあがったのだ。
 僕は後輩にオーブンから四角い焼き型を抜き出すように指示した。後輩は厚手の手袋を左右の手にはめると、オーブンから焼き型を取り出した。焼きたてのシフォンの独特の香りがする。
(いい匂いだ)
 僕は胸中で感嘆した。
 が、次に後輩は思いもよらない行動を取った。
 オーブンから出した焼き型を再度オーブンに入れなおそうとしたのだ。
(もう一度焼くのか?)
 僕は焼き型を手にする後輩の腕をつかんだ。
「焼き直すの?」
「はい、なんだか生焼けのような気がして」
「これ以上、焼いたらシフォンのフワフワ感がなくなる。僕はここで焼くのを止めるべきだと思う」
 後輩はオーブンから離れた。ステンレス製の棚から竹串を取り出す。四角い焼き型に載っているシフォンに竹串を突き刺した。
「この感触、生焼けじゃないですか?」
 僕は額に手を当てた。
(しまった。オーブンから出した後に余熱であるていど焼けることを教えていなかった。これは僕のミスだ。シフォンは焼き過ぎると硬くなる。フワフワ感がなくなる。後輩がお客さんに、『全然、ふんわりしてなかった』って言われたのは僕の責任だ)
 シフォンケーキは通常のケーキ生地よりも加熱時間が短い。オーブンから出した後、シフォン自体が持つ余熱によってさらに加熱されるからだ。余熱が通りすぎたシフォンは売りであるふんわりとした食感がなくなってしまう。
 僕は素直に謝ることにした。
「すまん、これは僕のミスだ。余熱でシフォンの硬さが変わることを教えてなかった」
「え、じゃあ俺が今まで作ってたシフォンは根本から間違ってたんですか?」
「手順に問題はない。ただ僕が余熱でシフォンが硬くなることを教えるのをすっかり忘れてただけだ。すまん」
 後輩は両端の(くちびる)を上げた。笑っているようだ。
「良かった。俺、パティシエに向いてなかったと思ってました。調理学校でもビリに近い成績でしたし。俺って何をやってもダメなのかなって」
 僕は後輩が作ったできたてのシフォンを、四角い焼き型からひとつまみ千切った。口に入れる。
「うん、うまい。味はいい」
 後輩も僕と同様にシフォンを口に運ぶ。
「焼きたてだからですかね。自分で言うのもなんですが、おいしいです」
 僕は腕を組んだ
「さて、ここから本番だ。このシフォンはまだ熱い。たっぷりと余熱を残してる。で、いつもどうしてる?」
 僕は後輩がわかっていることをあえて聞いた。
「水分が飛ばないように『ばんじゅう』に入れて常温で冷まします」
 『ばんじゅう』とはケーキやクッキーなどさまざまな食品を入れる箱である。淡い黄色が多く、ケーキ屋だけでなく、あらゆる食品業界で使用されるプラスチック製品だ。
 このケーキ屋ではばんじゅうにケーキ類を入れて保管する。ばんじゅうにケーキを入れないと一日と保たずに水分が飛んでしまい、売り物にならなくなってしまう。
 僕はうなずいた。
「ばんじゅうに入れた段階でシフォンはまだ熱を持ってる。ばんじゅうの中でシフォンは余熱でかたまる。だからシフォンをオーブンから出したときは少しくらい生焼けがちょうどいいんだ。もちろん、あまりに生焼けなのは困るけどね」
 後輩は大きくうなずいた。
「だから俺の作ったシフォンは硬かったんですか。そうか、ばんじゅうの中での余熱か……。全然、気にしてもいなかった」
「どう? もう一枚シフォンを焼いてみる? 今日のシフォのノルマは僕がやっておくから気の済むまでシフォン焼きに挑戦してみるといいよ」
 後輩の漆黒の瞳が輝いた。
「本当ですか? 俺、先輩のお言葉に甘えますよ」
「もともとは僕が余熱について説明しなかったのが悪かったから。つぐないだよ」
 後輩が頭を下げて声を張り上げた。
「ありがとうございます!」
 後輩は早くも次のシフォンケーキ作りに着手しようとしている。
(かわいい後輩だな)
 僕は今日のノルマであるシフォン作りに手をつけることにした。

現在の「僕」たち【39】「奇抜さと基本」

 シフォンが焼けるにはまだ10分ほどの時間があった。
 後輩は改めて僕の顔をまじまじと見た。自然と、僕も後輩の顔を見つめてしまう。後輩の顔立ちは良い。肌は女性のようになめらかだし、一重ではあるが黒い瞳が印象的で魅力がある。
 実際、彼はパートの女の子たちにモテた。口に出しては言わないが、休憩室でパートの女の子たちが休んでるところに後輩が入ると、女の子たちははしゃいだ。声が妙に大きくなり、
「このあいだ肉じゃが作ったらさ……」
 などと急に女をアピールする。それまで休憩室にあるテレビに映っていたピン芸人をけなしていた癖に、だ。
 後輩はケーキ作りの仕事に熱心なのか硬派なのか、パートの女の子とあまり接触はしない。
 「お先に失礼します」や「お疲れ様でした」などといった挨拶ていどはするが、私生活の話をしているところを見たことがない。このケーキ屋で本気でケーキ作りを学びたいと思っているのだろう。仕事は仕事と割り切っている。
(あるいはすでに彼女がいるのかもしれない)
 二十歳でイケメンで彼女がいないほうがおかしいだろう。
 僕は後輩から目を離した。オレンジの光を発するオーブンを見つめる。
「いきなりだけどさ、彼女とかいるの?」
「はぁ?」
「いや、きみはけっこう女の子たちから人気があるじゃん」
「……」
「言っとくけど、僕はホモじゃないからね」
 後輩が大きく笑った。
「ハッハハハ。そんなことわかってますよ。だって、このあいだスッゲー美人の女性がお店に来たじゃないですか。あの人、先輩の彼女っすか?」
 僕は真っ向から否定した。
「ち、違うよ。あれは大学時代の同級生だよ。一緒にルームシェアをしたんだ」
「男女でルームシェアですか。珍しいっすね」
「彼女だけじゃないよ。もう一人、男がいて三人でののルームシェアだったんだ」
「へー。でも、あんな綺麗な人が同じ部屋にいたら毎日がドキドキでしょうね」
「そうでもないよ。それに彼女は僕の次の雇い主なんだ」
「雇い主?」
「僕がここを辞めた後に入る会社の社長なんだ」
 後輩が目を丸くした。瞳がキラキラと光る。
「先輩と同い年で社長っすか。しかも女で。格好いいです」
「もともと、どこか男らしい性格のある人間だったからね。彼女に社長業は合ってると思うよ」
 僕はその後、口を閉じた。
(後輩の話を聞くつもりが僕の話をしてる。何やってるんだ)
 僕はまだオーブンから目をそらさない。
「女の子の意見を聞くことは大切だと思うよ。僕はこんなだからパートの女の子たちからあまりいい目で見られてないけど、きみは違う。女の子たちから人気がある。女の子は甘いものが好きだからね。現に、ここの客の三分の二以上は女性だ。パートの女の子たちに今何が流行りなのか、休憩中に聞いたりするのはすごく勉強になると思うよ。本社で少しだけマーケティングしてたとき、いちばん話題に上がるのは最近の女の子たちの動向だからね」
 後輩は真面目な顔付きになった。
「それは俺もわかってます。恥ずかしいですけど、雑誌の『non-no』とか『an・an』はちょくちょく買ってます。今年の流行色は何かとか、投稿コーナを読んで今の女の子たちが何を考えて何を楽しんでるのかとか読んでます。スイーツの特集ができるときは必ずコンビニとかで買うようにしてます。最近のスイーツ特集はすごいですね。ケーキひとつのカロリーまできっちり載せるんですね」
 僕はそこまでは知らなかった。
「なんだ、ちゃんと勉強してるんじゃない。たしかに女の子たちにとったら甘いものは食べたいけどカロリーは気になるんだろうね。男の僕はカロリーなんか気にせずにガツガツ食べちゃうけど」
「雑誌を見てて思ったんですけど、最近のスイーツのトレンドはインパクトなんですよね。ムチャクチャな取り合わせをするんです。俺が調理学校に行ってたときは講師から、『最近の洋菓子は和菓子路線になってる。逆に和菓子は洋菓子路線になってる』って言ったのが嘘みたいです」
「?」
 僕は後輩の口にしていることが理解できなかった。
 後輩が補足する。
「うちでも扱ってるじゃないですか。抹茶のロールケーキとか。あれって抹茶とアンコが入ってますよね? それに、最近のたい焼きでカスタードクリームが入ってるのがあるじゃないですか」
「ああ、なるほど」
「和菓子と洋菓子の境界線がなくなってるってのが調理師学校で習ったことだったんです。でも、最近のスイーツはとにかく奇抜さが売りみたいなんです。中身は普通のケーキなんですけど、外見がドクロだったり、円錐形(えんすいけい)でショッキングピンク色のケーキだったり……。なんだか前衛芸術みたいなケーキが紙面でとりあげられてるんっすよ」
 僕は(あご)をなでた。
「でも、そのケーキはおいしいんでしょ?」
「味は抜群だそうです。だから今の時代はおいしいのが当たり前で、後は見た目の奇抜さが重視されるのかな、と思っちゃいます」
 僕は少し()を置いた。
「それは違うと思うよ。出版社は雑誌を売ることが仕事だからどうしてもインパクトを重視する。だから、表紙とかにデカデカとド派手なケーキを載せる。すると、お客さんは好奇心で雑誌を手にする。手にとってもらわないと雑誌は売れないからね。でも、うちは違う。うちはケーキ屋だ。この店舗でいちばん売れてるケーキはもちろん知ってるよね?」
 後輩は一瞬だけ息を止めた。そして口を開く。
「……イチゴのショートケーキ」
「そう。いくら雑誌があおり立てても売れるのはいちばんオーソドックスなものなんだ。それはこの店舗の売上数値でしっかりと証明されてる。たしかに斬新で奇抜なアイデアは必要だと思う。僕もさっきは女性向け雑誌は読んでる? なんて聞いちゃったけどそれはあくまで参考程度でいいと思う。まずは基本のケーキをしっかりと体に叩きつけることが大切だと思うよ」
「はい!」
 後輩がとても良い返事をした。
 僕はまたしても照れた。
(即席でケーキを作ってる人間が吐く台詞じゃないな。僕なんて何の知識もなくケーキを作ってる人間だ。まして後輩のようにパティシエになりたいと思ったことはない。説教くさいことを言ってしまって恥ずかしい)
 しかし、僕はあえて照れの感情を顔に出さないようにつとめた。