現在の「僕」たち【52】「先輩の助言と僕の心の余裕」
先輩に胸の内を明かし、爽快になった僕はすべてのものごとに対して前向きに考えることができるようになった。
(やっぱり、先輩は友喜にどこか似てる。もし僕が友喜に相談したら、先輩と同じような答えをくれるだろう)
開店時刻の十五分前。この時間帯になると店長やパートタイマーの女の子たちが次々に出勤してきていた。
開店二十分前になると、正社員、パートタイマー全員が主にデコレーションを行う調理場に集合する。朝礼をするためだ。
朝礼では正社員がその日の日付と曜日、そして天気予報、予測温度を皆の前で発表する。ケーキ屋にとって曜日と天気は売上を大きく左右する要因である。
週の始めよりも終末のほうがケーキはよく売れる。
また、多くの飲食店と同様に、雨降りよりも晴天のほうが売上が良い。そのため、天気予報が雨天の場合は作るケーキを普段よりも減らさなくてはいけない。少しでも廃棄ロスをなくすためだ。
天気の発表が終わると、正社員が
「いらっしゃいませ!」
と声を張り上げる。
続けてほかの従業員たちが一斉に、
「いらっしゃいませ!」
と復唱する。
その後、同じ要領で、「ありがとうございました!」も行う。
この店に来た当初、僕はこの声出しが嫌いであった。しかし、いざ自分がレジに立つと、毎朝行われる声出しが意味のあるものだということがわかった。朝一に大声を出すと、お客さんに尻込みをせずに対応することができるのだ。
このことは接客があまり得意ではなかった僕にとって大きな発見であった。
この日、先頭を切って、「いらっしゃいませ!」と一番の声を出したのは先輩であった。先輩の声はよく通る。そのため、あとに続くほかの従業員たちの声も先輩に引っ張られるかたちで良い声を出す。
僕も程よい音域で、
「いらっしゃいませ!」
と、声出しをすることができた。
(この声出し、智香の会社に入ったら応用できないもんかな)
僕はつい考えてしまった。が、小さく頭を振って思考を飛ばす。
(今はこのケーキ屋にいるんだ。智香の会社へ行くのは先の話だ。今はこのケーキ屋に尽くそう。せっかく先輩に勇気と元気をもらったんだ)
日付と天気予報の言い伝えが終わると、従業員たちはそれぞれの持場に入る。
店の開店準備をするのは主にパートタイマーの女の子たちである。彼女たちもここに勤めて長いので、それぞれの役割分担ができており、店を開ける手際が良い。むしろ、レジに滅多に立たない僕のほうが開店準備は遅いだろう。
僕は焼き場に足を向けた。後ろからついてくる人物がいる。シフォンケーキの焼き方に苦戦している例の後輩だ。
僕は朝の挨拶を抜きにして唐突に言う。
「今日のケーキ生地、全部きみに任せたから」
後輩が足を止めた。
「え?」
「きみのセンスはいいはずだ。シフォンケーキをうまく焼けないのは、最初の失敗が尾を引いてるだけだと思う。そばに僕がついてるから安心して」
後輩が駆け足で僕に後を追う。
「本当に俺に任せていいんっすか? 失敗したら先輩の責任になりますよ」
「それでいい。どちらにしろ僕はこの店を抜ける人間だ。きみに早くシフォンケーキの作り方をマスターしてもらわないとこのケーキ屋が困る」
後輩が苦笑した。
「その言葉、けっこうプレッシャーっす」
「多少のプレッシャーは受けてもらわないと。きみ、ケーキ職人になりたいんでしょ?」
「はい!」
後輩は勢い良く返事をした。
「だったらこれくらいのプレッシャーは簡単に越えてもらわなきゃ」
「わかりました。そのかわり、しっかりと教えてくださいよね」
「もちろん、そのつもりだよ」
僕の心に余裕ができたからだろうか。今の僕ならこの後輩を育てることができるような気がした。
(やっぱり、先輩は友喜にどこか似てる。もし僕が友喜に相談したら、先輩と同じような答えをくれるだろう)
開店時刻の十五分前。この時間帯になると店長やパートタイマーの女の子たちが次々に出勤してきていた。
開店二十分前になると、正社員、パートタイマー全員が主にデコレーションを行う調理場に集合する。朝礼をするためだ。
朝礼では正社員がその日の日付と曜日、そして天気予報、予測温度を皆の前で発表する。ケーキ屋にとって曜日と天気は売上を大きく左右する要因である。
週の始めよりも終末のほうがケーキはよく売れる。
また、多くの飲食店と同様に、雨降りよりも晴天のほうが売上が良い。そのため、天気予報が雨天の場合は作るケーキを普段よりも減らさなくてはいけない。少しでも廃棄ロスをなくすためだ。
天気の発表が終わると、正社員が
「いらっしゃいませ!」
と声を張り上げる。
続けてほかの従業員たちが一斉に、
「いらっしゃいませ!」
と復唱する。
その後、同じ要領で、「ありがとうございました!」も行う。
この店に来た当初、僕はこの声出しが嫌いであった。しかし、いざ自分がレジに立つと、毎朝行われる声出しが意味のあるものだということがわかった。朝一に大声を出すと、お客さんに尻込みをせずに対応することができるのだ。
このことは接客があまり得意ではなかった僕にとって大きな発見であった。
この日、先頭を切って、「いらっしゃいませ!」と一番の声を出したのは先輩であった。先輩の声はよく通る。そのため、あとに続くほかの従業員たちの声も先輩に引っ張られるかたちで良い声を出す。
僕も程よい音域で、
「いらっしゃいませ!」
と、声出しをすることができた。
(この声出し、智香の会社に入ったら応用できないもんかな)
僕はつい考えてしまった。が、小さく頭を振って思考を飛ばす。
(今はこのケーキ屋にいるんだ。智香の会社へ行くのは先の話だ。今はこのケーキ屋に尽くそう。せっかく先輩に勇気と元気をもらったんだ)
日付と天気予報の言い伝えが終わると、従業員たちはそれぞれの持場に入る。
店の開店準備をするのは主にパートタイマーの女の子たちである。彼女たちもここに勤めて長いので、それぞれの役割分担ができており、店を開ける手際が良い。むしろ、レジに滅多に立たない僕のほうが開店準備は遅いだろう。
僕は焼き場に足を向けた。後ろからついてくる人物がいる。シフォンケーキの焼き方に苦戦している例の後輩だ。
僕は朝の挨拶を抜きにして唐突に言う。
「今日のケーキ生地、全部きみに任せたから」
後輩が足を止めた。
「え?」
「きみのセンスはいいはずだ。シフォンケーキをうまく焼けないのは、最初の失敗が尾を引いてるだけだと思う。そばに僕がついてるから安心して」
後輩が駆け足で僕に後を追う。
「本当に俺に任せていいんっすか? 失敗したら先輩の責任になりますよ」
「それでいい。どちらにしろ僕はこの店を抜ける人間だ。きみに早くシフォンケーキの作り方をマスターしてもらわないとこのケーキ屋が困る」
後輩が苦笑した。
「その言葉、けっこうプレッシャーっす」
「多少のプレッシャーは受けてもらわないと。きみ、ケーキ職人になりたいんでしょ?」
「はい!」
後輩は勢い良く返事をした。
「だったらこれくらいのプレッシャーは簡単に越えてもらわなきゃ」
「わかりました。そのかわり、しっかりと教えてくださいよね」
「もちろん、そのつもりだよ」
僕の心に余裕ができたからだろうか。今の僕ならこの後輩を育てることができるような気がした。