メンズーア後、以前の喧噪がまるで嘘だったかのように、荒地にしばしの平和が訪れた。当然、タダということにはいかない。現に今、私とケーニッヒは交渉のため嵐ヶ丘の生徒会室にいる。
「交渉ね〜、悪くない!!
しかし、タダで受け入れるのもつまらな〜い……そうだ……ゲームをしてもらお!」
……ガチャ
部下に何やら耳打ちをしたと思えば、後ろから腕を掴まれ私の左手とケーニッヒの右手に手錠がはめられた。
「これはどういうつもりだ……」
「おっと、そう怒るでない。
ルールは簡単だ!そちらの要望を無条件で受け入れる代わりに、その手錠をつけたまま1週間過ごしてもらう。
もし断るのであれば……」
薄気味の悪い微笑みを浮かべながら、ヌルのまわりには次々と生徒会メンバーがその姿を現した。虎穴に入らずんば虎子を得ずとはいうものの、完全に包囲された私たちはもはや袋の鼠。
「ッ……貴様!!」
「待て、ケーニッヒ!」
多勢に無勢。ヌルに襲いかかるケーニッヒは無情にも手錠に引き戻され、その一瞬の張力にキィーンと鎖は甲高く鳴いた。
「……約束は、守ってもらうぞ」
「賢明な選択だ、ネロ」
ジャラジャラと鬱陶しくも鳴る手錠と共に、私たちは荒地へと戻った。
「ネロ、これはプラン外だぞ」
と明らかに不満げなケーニッヒが右手を高く上げ、ジャランジャランと光を反射する鎖が耳障りにも二人の間で響き渡る。
「あそこで戦ったところで勝てないだろ」
「……チッ」
軽く舌打ちをし、ケーニッヒは諦めたように腕を振り下ろした。しかし私もどうすればいいのかまったくわからない。
よりにもよってケーニッヒと一緒に縛られるなんて、考えただけで頭が痛くなりそうだ。
「おりゃ!!!」
「ッッッッ……!!!!?……バタン」
あれから2日が過ぎた。意外にも日常生活への順応は早いもので、喧嘩も難なくこなせるようになってきた。
ただ常に一緒ということもあり、こいつについて色々とわかったことがある。
まず、こいつは敵が多すぎる。
「ケーニッヒ!!ぶっ殺してやる!!」
ほーら、また現れた。今日で5回目。
雑魚ばかりとはいえ、何をどうすればこんなに人に恨まれるのだろうってびっくりするほどにケーニッヒは目の敵にされやすい。
「ッ………!!」
綺麗なアッパーキックでノックダウンされる相手を見て、ケーニッヒの蹴り技は本当に無駄がなくて綺麗だなとつくづく思う。それに、いつもは必死であまり見てなかったけど、ケーニッヒは意外にも可愛らしい顔をしている。
「なに?」
「あぁ…?いや、なんでもない……」
「そっ」
大の字で倒れ込む相手をみて、その威力は全然可愛く無いけど、本当ならケーニッヒも令嬢のはずと思うとなんだがとても複雑な気分になる。
「うわ、ちょっ……!!」
もう2日目だし、慣れたことだけど、ケーニッヒはいつも何も言わずに路線変更をする。
いくら言っても聞く耳を持たないから、私はもう諦めたけど、コンビニぐらい一言くれたらどうなんだ……
コンビニに入るなり、ケーニッヒは即座にパックジュースのところに行き、20円オフシールが貼られているいちごオレを見つけては、嬉しそうにそれを手に取った。
「ケーニッヒお前、いちごオレすきなのか……?」
「……うん、結構すきだけど……なに?」
私がケーニッヒを見る目があまりにも怪しかったのか。まるで子どもみたいにケーニッヒはそのいちごオレを懐に隠し、いかにもこれは私のだぞ!っていう顔してこちらを睨みつける。
「いや、別に取らないけど……」
そういうと、それはそれでなんだが不満げにケーニッヒはもう一ついちごオレを手に取り、私に渡してきた。ご丁寧にも、20円オフシールが貼られていないやつで、ケーニッヒは何故か勝ち誇ったような顔してレジに向かう。
「プッ……」
「……ッ!? 何がおかしい!!」
「ぁいや!何もおかしくない!!ごめん!!」
思わず吹き出してしまった私に、拳を振り上げるケーニッヒ。身の危険を感じた私は素早く両手を上げ、降参のポーズをするが、それすらもなんだが可愛く思えてきて、また笑えてくる。
「こら!!笑うな、ネロ!!」
肩パンするケーニッヒは、明らかに力加減が弱かった。ポスッと当たるパンチに、先程敵をノックアウトさせた威勢はなく、変わりに悪戯っぽく笑うケーニッヒの顔は普通の可愛らしい女の子の表情をしていた。
なんだ、結構可愛いじゃん……
その笑顔にほんわかと自分の心が癒されていくことがわかる。この荒地に訪れたしばしの平和に、私は噛み締めずにはいられなかった。
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【あとがき】
ケーニッヒは昔貧乏でいちごオレなんて甘いものはそうそう買ってもらえなかった。
だから今はいちごオレを買うために、コンビニの夜勤でアルバイトをしている。
ケニ「いらっしゃいませー」
ネロ「こいつ……いつ寝てるんだ……」
手錠で繋がれたことにより無理やり付き添い出勤をさせられるネロであった。