誰一人としていない、電気もつかない。そんな荒廃し果てた薄暗い図書館の中で、唯一日が差し込む席に、君は座っていた。
「ネロ!おはよ!今日も来たよ!」
「あ、バラ!おはよ!」
適当に本棚から取った何冊かの本と一緒に、私はネロの手前にある席に座る。変わらずネロは本に夢中で、ペンをトントンと机に叩きながら何やらメモをとっている。
「今日はなんの勉強?」
「軌道力学、ちょっと難しくてね……」
本を高々と掲げては自分の額にあて、無気力にもネロは背もたれに寄っ掛かる。窓から吹き抜けた風がその宍色の髪をあおぎ、それはまるで一枚の絵画のようだ。
「ネロって、綺麗な顔しているよね……」
「え、?」
「ぁ、…ごめん!!……気にしないで!!本、取り替えてくるね!!」
自分でもびっくりするほどすんなりと口を滑らせた言葉。つい勢いにまかせては適当な理由を付け私は逃げ出してしまった。
いや、まてよ?
よくよく考えてみれば、ネロって元々はお嬢様だし!!可愛いのは当たり前だし!!そう思うと、逃げるべきではなかったのかなぁと逆に戻りずらくなった現実に本の縁をカリカリと爪で引っ掻いては後悔に陥る。
「バラは、どうして毎日ここに来るの?」
「えっ!?……あ、どうして…なんだろう…」
突然背後に現れたネロに驚き、一歩後ろへ引くと踵が本棚にぶつかっては鈍い音を発する。なぜって言われても、正直よく分からない。ただ、荒地で再び出会ったネロは以前の荒くれ者とは全然違っていて、その変化を一番身近で見てしまったから……
「力に、なりかった……かな?」
航空力学なんて、ロケットなんて、難しいことは正直よく分からない。ただ、あの流星雨の夜から、荒地の人たちはみんな、徐々に変わっていってることを肌で感じる。私だけ、その夜に取り残されたままで、だからせめて
「ネロの力になりたいなぁって、そう思った」
「……バラは、優しいんだね」
「え…?」
泣きそうなどに優しく微笑んだネロは、今まで見た事のないような顔をしていた。窓から吹き込まれる風が変わらずネロの襟足をそわそわと撫で、微かな陽射しがネロの目を照らす。
(違う……、優しさ……なんかじゃない…)
気づけば私はネロに首に手を回し、ギュッと力一杯にネロを抱きしめた。
「うわ!?、バr「ごめん、うそ……!!」」
「……え?、」
動揺で心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。それを誤魔化すためにも、私はネロの声に呑まれる前に食い気味でそう答えた。
優しさなんて、そんな、そんな可愛いものじゃない。私は……
「ネロのことが、好きだから…毎日、会いたいから……」
だから、、毎日、ここに来ていた。
自分にすら隠し通していた本当の気持ち。皮肉にも、ネロに優しいなんて言われて、初めて気づいてしまった。
私はずっと、優しい人なんかじゃない。
君があまりにも優しい目をするから、優しくなるしかなかったんだ。