ケモ耳が生えてから3週間。

最初のうちは本当にどうなるかと思っていたけど、今では変幻自在に扱うなぁちゃんの成長ぶりに私は微笑ましさすら感じていた。



「また耳出てるよー」

「今は家だからいいですー」



2人でベッドに寝っ転がると、私はいつもなぁちゃんの耳をこねくり回してしまう。

外側は毛に覆われてフカフカなのに、ちゃんと中身は軟骨だよって主張しているそんな手触りが、いつのまにか病みつきになっていた。


「にしても垂れ耳なんだね、見た目は完全柴犬なのに」

「柴でも垂れる子は垂れるみたいですよ?」

「ふーん、そーなんだ」



そんなたわいもない話を繰り広げながら、私は飽きることも無くなぁちゃんの耳をずっと触っていられた。何気ないこの時間が最近一番幸せだったりする。







ザ-ザ----ザ----




「もしもし、、ゆうちゃん…?
今日迎えに、来ていただけ…ませんか…?」



その日は予報外れにも、土砂降りだった。
しかしそんなことよりも、電話向こうにいるなぁちゃんの声がやけに弱っていることに私は神経を張り巡らせる。



「今どこ!?……わかった、すぐ行くから待ってて!!」




家に鍵をかける間もなく、超特急でタクシーへと乗り込んだ私は、20分後に何とか無事なぁちゃんを連れ帰すことに成功した





が……、





「少し、寝ます……」



と全身がびしょ濡れなのにもかかわらず、なぁちゃんはすぐに自分の部屋へと引きこもってしまった。




(お礼の一言もないなんて……)



普段と比べあまりにも言動がおかしいなぁちゃんに、私は引き止めることも出来ず、とりあえず体を拭く用のタオルとお湯の準備だけして、恐る恐る扉をノックした。



「なぁちゃん、入るよ?」



何度も繰り返すノックに、中からは物音が一つもしない。そのまま扉を開けると、ベッドの上にはまるで大福のように布団に包まうなぁちゃんがぜぇぜぇと苦しそうに息を切らしていた。



「なぁ…ちゃん、タオル持ってきたけど……大丈夫?」



大丈夫じゃないことぐらいバカでもわかる。それでも、今の私にはそんなことしか言えない。

耳を隠せないから病院にもいけないし、そもそも人の病院でいいかすらわからない。頭がこんがらがって私はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。




あれ?ひとの……病院?
ふとある考えが頭をよぎった。もしかして、これって……





「発情期?」

「っ……!?」




垂れた耳がピョコっと後ろへ跳ねては萎んでしまった。図星ってことだ。



「なんで、教えてくれなかったの……」



なぁちゃんが一体どんな思いで私に電話をしたのか、考えただけで息が詰まりそうになった。
肩を貸したときなんて、荒い息ひとつも漏らさなかったし、どれだけ我慢をしたの。



「だ、てぇ……これは間違ってるよ。ゆうちゃんは、普通な恋をして……結婚して、子どもを授かって………それで……」

「それで……、なに?」



辛そうに微笑むなぁちゃんを見て、意味もわからないどす黒いとした感情が腹の奥底からふつふつと湧き上がる感じがした。



「こんなときでも私の気持ちを優先するんだ……


私がなぁちゃんのことをどれだけ好きで、大事で、出来ればずっとそばにいたいって思っているにも関わらず……


なぁちゃんには、間違いって感じていたんだ……」



悔しくてツーと一雫の涙が、頬からこぼれ落ちる。そんな私を呆然と眺めるなぁちゃんはここでようやくなにかに気づいたのか、去ろうとする私の裾をギュッと掴んで



「ごめん!ごめん、ゆうちゃん!そんなつもりじゃ………」

「もういいよ……布団、外すね……」

「……うん」



水を吸い込みより一層重厚感が増した布団を取り払うと、雨に濡れたシャツから中の肌が透けている。思っていたよりもはるかに華奢なその体は、溢れ出るほどに熱を帯びていた。


行為をかさねることにとろーんと目が溶けていき、荒れた息遣いも声へと変わりこぼれ始めた。












「ゆうちゃん、ごめんね……」

「だから謝らなくていいよ」



行為の後、濡れたベッドに二人はまたいつもの姿勢で寝転がっていた。モフモフと柔らかいなぁちゃんの耳を両手でフサフサもふもふと揉みしだいていると




「あ、片耳が立った」




モフモフとした耳から頭に向けて手を滑らせていくと、その隙間にピョコっと耳が反り立ってみせた。手を離すとまた耳は垂れてしまったが、私は




「ねぇなぁちゃん、今しあわせ?」

「はい、しあわせです……」



少し伏せ目がちに微笑むなぁちゃんをみて、この平凡な幸せがいつまでも続くといいなぁって、心からそう願った。