赤い宝石に似つかないボロボロの家。汚い蒲団の上で、母はいつもかつて彼女が愛した男の話をしてくれる。


「これはね、モナルヒと言って、ドイツ語で君主と呼ばれる宝石さ……私を愛してくれた人がプレゼントしてくれたの………」



口を開けば、母はいつも幸せそうに語っていた。
それが例え貧しい暮らしをしていても、相反するような物語にいつしか私も淡い期待を抱くようになった。


しかし、母は死んだ。そんな夢物語のような幻想を抱えながら死んでしまったのだ。



まったく、なんて皮肉な話なのだろう……
モナルヒを握りしめ、私は父が作った豪華爛漫な丘の上を見上げた。



(母がもし愛人じゃなかったなら、今でも生きていたのだろうか……)




希望は遠く、私には復讐と孤独だけが残った。




それから私は毎日喧嘩に明け暮れるようになった。
生きていくためにも、復讐のためにも、誰にも負けないほどに強く、強くありたいと望んだ。


そんな一人で戦っていた私のもとへ、ビックニュースが流れてきた。何でも、ネロというやつが荒地を統一し、丘の上の連中とやり合ったらしい。



「なんて、最高の駒だ…」



すぐさま計画を思いついた私は、モナルヒを身につけ、荒地に怒りの種をばらまいた。多くの民衆を焚きつければ、風向きはすぐに変わる。そこにネロを誘い出して、やつの前でダチを何人もボコれば………



ほーら、効果覿面だ。
ネロの怒りさえ呼び起こすことが出来れば、丘の上への復讐も夢じゃない!




なーんて、現実は計画のように上手くいかないものだ。








「……ネロ、お前…どこまでついてくる気?」

「……だって、ケーニッヒ……血が、、」



丘の上に負けたことを笑いに来たかと思えば、無言でずっと後ろについてくるネロ。仮にもかつて荒地を統一した人が、私の威圧に対し子犬のようにシュンっと困った顔をしている。


まったく、舐められたもんだ。耳としっぽが見えてしまいそうなほどに、純良と刻まれてる顔に反吐が出そう。



「……ヴッッ、、…ペッ…!!…」



まさか本当に出てくるとは思わなかったが、喉から湧き上がる甘い鉄の味に私は眉をひそめた。地面に染みる赤い液体に、何を思ったのかネロは突然私の腕を掴んでは早足で歩き出しだ。




「ぃ゛…ど、こいくんだよ!離せ!!」




引く力はそう強くないが、傷口をギュッっと掴まれ無闇に抵抗することも出来ず、私は痛みを堪えながらネロについていった。やっと離してくれたと思えば、そこは人気のない路地裏。



「脱げ」



と真顔で淡々と呟くネロの顔面に、私は一発でもお見舞いしてやろうかと躊躇なく拳を振り落とした。


「ぃ゛ったいなぁ……ネロ、何がしたいんだ…」



華麗に躱された挙句、服の端を持たれ一気に服を脱がされた。



流石に身の危機を感じ、壁際に下がると、ネロはなんとポケットの中からエタノールやら包帯やらを取り出し始め、真剣に傷の手当を始めた。



片膝をついて、包帯をグルグルと巻き付けるネロ。傷口にしみた消毒液に痛がり、スーと息を吸い込む私を見て、「少し我慢しろ」と言いながらフーフーと息を吹きかけてくれる。



スースーする消毒液に、柔らかい包帯に、暖かい手の感触がなんともむず痒くて、私は思わずネロの顔面にめがけてもう一度拳を振り上げた。



ガシッ……




当然そんなもの当たるわけもなく、ネロはガシッと私の拳を捕まえた。


次第に、最後の手当を終えるとネロはペンを取りだし、何かの数字をずらりと包帯の上に書き始めた。



「なんだこれ」

「私の番号だ。もう1人で丘の上に行くな」



ネロはそれだけを言い残し、本を持っては颯爽に消えてしまった。なんだよこれ……



「変なやつ……」


左腕に鉛筆で書いてくれた番号。鬱陶しいはずなのに消えて欲しくなくてそっと手で抑えた。
人からのぬくもりは、もういつぶりなのだろう……




ーーーーーー--------------

(あとがき)


ケニ「あいつ、いっつも包帯とエタノールもってんのか…?」

ネロ「乾燥肌で傷跡残りやすいんだ」

ケニ「お前……まじ変なやつ」

ネロ「………」