ピピッ…ピピッ……



あーもう、最悪だ………
38.8℃と表示する体温計に、心無しか一気に悪寒と倦怠感が襲う。


仕事はきっともう無理だ。
このご時世だし、マネージャーさんには連絡を入れて、今日のところは一日大人しく休むことにした。



「んぅ、身体中がいたぃ………」


寝返りをうつだけで骨がミシミシと悲鳴をあげる。こんなんじゃ、薬と冷えピタを取りに行きたくても、痛くて体がまともに動けない。




「あーもう、……最、悪………」



ぐにゃぐにゃっと歪み始める視界に、私は自身の限界を感じた。でも今の私には為す術もなく、あっさりと意識を奪われる。








「大好きです!!!!!」




っ!?



不意に、私は懐かしげな声を耳にした。真っ白の空間から四方八方にこだまするこの声。気がつけば……



「ゆいりーさん!大好きです!」


声の主、かつて私が一途に思い続けていたあの子が、今目の前に立っていた。


「久しぶりですね!」

「…そうね」

「元気でしたか?」

「うんまぁ、元気だよ」



にっこりと笑うその子の笑顔は、昔のまんまだった。あまりにも、昔のまんまだったから、私はすぐに夢だと理解した。



「私のこと、好きですか?」

「んー、どうだろ……」

「私は大大大大好きですよ!!」



こーんぐらい!って手を大きく広げ、弧を描く姿に、私はより一層夢の中であると確信した。


そして私に抱きつこうとするその子に、私は思わず後ろへ下がった。


「ゆいり、さん?」

「大好きといっても、結局、離れていくじゃん…」
「ぇ、なんのこt……」

「うそつき……」



私がそう言うとその子は薄ら笑いを浮かべながら、あっという間に姿を消した。それと同時に辺りは一面真っ黒に変わり、私は真っ逆さまに暗闇へと落ちていった。









「つめたっ……!!……て、なぁちゃん?」


額に触れた冷たい感触に私は驚いて目を覚ました。なぁちゃんが冷えピタを貼ってくれたようで、朦朧とする意識の中私はなぁちゃんの手を強く握っていた。



「熱がひどいです。とりあえずこれを飲んでください」


なぁちゃんに支えられ、上体を起こした私は言われるがままに口を開け、薬と白湯を流し込まれた。


暖かい白湯の温度に、冷たい冷えピタの感触。徐々にハッキリとしてくる意識に、私はボロボロと涙が止まらなくなった。



「なぁちゃん……一方通行って、辛いね……」



自分でも自分が何を言ってるのかわからなかった。けど、なぁちゃんはすぐに察してくれて



「そうですね……」



と近くのティッシュを取り、私の涙を拭いてくれた。



「なぁちゃんは怖くないの?いくら仲良くても、好きと言われても、私はもう信じられないよ。

 ……なぁちゃんだって、いつか私のそばからいなくなる



……あの子がそうだったみたいに」



自分でもかなり酷いことを言ってる自覚はあるが、それでももう止めることは出来なかった。
まるで感情の蛇口が壊れたようで、涙とともに次々と言葉は流れ出た。




「ごめん……ごめんね、なぁちゃん…」



なぁちゃんの気持ちを知っていながらも、私は今まで逃げてきた。それなのに今更そばにいてなんて、あまりにもわがまますぎる……

でも今なぁちゃんの肩に縋って、号泣する私になぁちゃんは



「確かに私たちはいつかアイドルを卒業して、離れ離れになります。



でも、‪私はゆうちゃんのそばに居たいです。ゆうちゃんの笑顔を近くで見たいです。


いつかその隣が私じゃなくなったとしても………
私は、ゆうちゃんの味方でいたいです。


これってわがまま、ですかね?」





困ったように笑う目と、優しすぎる声色に、いつのまにか溢れていた涙は止まっていた。



「わがままなんて、なぁちゃんが言わないでよ……」



こんなに私を大事にしてくれているのに、私はこれ以上、何を求めていたのだろう。スーッと肩の荷が降りたような気がして、私はなぁちゃんの袖口を捕まえた。



酷いかもしれない、最低なのかもしれない、





それでも………



「なぁちゃん。もう少しだけ、待ってて……」





私が私として、なぁちゃんに向き合えるまで……